元テレ東局アナ亀井京子のセクハラ告白に見る、メディアの女子アナ観

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 女子アナのセクハラ被害では、2013年、『朝ズバッ!』(TBS系)で、司会のみのもんたが放送中、同局の吉田明世アナウンサー(27)の腰に手を回し、それを吉田アナが手で振り払う、セクハラ行為の映像が流れて問題視されたことがある。みのはこの当時次男が逮捕されたこともあり、仕事が激減した。

 また同年6月発売の「週刊ポスト」(小学館)においてフジテレビの内幕が報じられた際、「ウチの局の35歳以下の女子アナで、“コスプレ未経験者”はまずいない。メイド服、セーラー服、体操着……。みんな何かしらやっていますね。制作の連中の中には、“あの女子アナの◯◯姿が見たいから”という理由で、企画を考えているヤツもいる」と、制作サイドの性的願望が女子アナの服装に反映されているとも語られている。いかに同局内で女性アナウンサーが「会社員」の枠をこえた仕事内容をしているか、ということだ。しかも制作側にまったく悪気がなく、「女子アナなんだから当然」という意識まであるのではないだろうか。そしてこの、女性アナウンサーを性的対象として見る意識は、テレビ局スタッフだけでなく、視聴者にとっても、暗黙の了解となっている。いわば共犯関係だ。

 そもそもいまだに“女子アナ”という呼び名がまかり通っていることからしておかしいが、テレビを流し見せずに注意を払って視聴してみると、確かに女性アナウンサーを映すシーンで「おや?」と違和感を覚えることは多い。過剰に寄ったアングルで撮影されていたり、無意味なコスプレをさせられたり、彼女たちはなぜか“女として体を張っている”。

 また、週刊誌でも定期的に女子アナ特集が組まれており、多くは仕事中の“チラ見え”カットが掲載されている。たとえばスポーツ選手を取材すべくグラウンドを訪れた女性アナウンサーが、かがみこんだ時に見えたブラジャーの線。あるいは白いパンツスタイルで歩いているときにうっすら浮き出た下着のライン。こうしたメディアの扱いからは、彼女たちがキャスターとしての能力で評価されるのではなく、旺盛なサービス精神や男性にとって魅力的かどうかを、常に品評されていることがわかる。

 こうした構図は昭和の時代から平成28年の今に至るまでちっとも変わっておらず、このことがテレビ業界にカビの生えたような腐臭を漂わせる一因になっていることは疑いようがない。テレビ局をはじめとするメディアは、「おれたちは女性をこう見ているんだ」と突きつけ続けることのデメリットにいい加減気付かないものだろうか。女性である筆者としては、セクハラ映像では全く愉快に笑えないし、薄ら寒い感覚に襲われる。とりわけ、女性アナウンサーに対してごく自然なことのように日常的に繰り返されるセクハラ映像からは、クラスの人気者の女子をいじめて面白がっている小学生男子のメンタリティを感じる。テレビ局員というのは高学歴揃いのいわばエリート集団であるはずだが、もしそれを当人たちが自覚するのならば、小学生男子のメンタリティを「少年らしい無垢」と美化した解釈はせずに、大人の常識をわきまえるべきだろう。そろそろテレビは、次のステップにいってほしい。
(ブログウォッチャー京子)

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