――旦那さんはこの本に感想をくれましたか?
植本 石田さんは、なんにも! なんにも言わない。最後、書き下ろしの『誰そ彼』というエッセイだけ、「これ読んでみて」ってゲラを読んでもらったんですけど。
――好きな人と最後に会ったときの話、ですよね。植本さんが家族で暮らす自宅の前で、好きな人が「おっさん(=旦那さん)出せよ!」と怒鳴って。
植本 そうそう、修羅場の。私、旦那さんのことを表現者としても文筆家としても尊敬しているので、「どう思う?」って読ませたんです。そしたら読んだ後に、「テクニックの問題だけど……書き込みが足りないね」って指摘された(笑)。あとは「これいつの話? 最近じゃないの?」「8月くらいだよー」「うわっ怖い~、怖い話じゃん」って。
――そんなテンションなんですね。
植本 うしろめたいことと言うならば、ここに出てくる「好きな人」、つまり元彼に、了承を得てないということですね。きっと彼は、これを読まないだろうなと思いますけど……。でも、書いたことで、もう絶対に、本当に彼とは再会できないな、と今は思いますね。一時期、彼が逆上して刺しに来たりするんじゃないかって想像したこともあったんですが、そんなふうに考えるのもすごく失礼な話だし……。今はただ、彼は彼で幸せになってほしいなと、思っています。
――元彼は仕事上のつながりが大きい人だったじゃないですか。共通の知人友人もたくさんいて。でも別れてから一度も会ってないんですか?
植本 ないんです。しかも生活圏も近いんですよ、お互いに近くをうろうろしているはずだから。付き合う前は、偶然ばったり会うことだってよくあったのに、別れてから一度も、偶然にすれ違うこともなくなって。共通の友人を通して、近況を耳にしたりはしますけどね。まあ、もう私は彼には関与できないな。
――『誰そ彼』で、元彼が「いっちゃんは甘えさせてくれないじゃないか」というセリフがありますけど。大人同士で、恋人として付き合っていて、甘える/甘えさせるってどういうことでしょうね?
植本 人によると思いますけど……彼の場合は、依存したかったんじゃないかと私は思ってます。まるごと自分を支えてほしいと。支えてたつもりだったんですけど、でも私は家族がいるし彼だけをまるごと抱え込めなかったから。がっつり共依存になるのは気持ちいいし楽しいし恋愛の醍醐味じゃないですか。でも継続するのは非常にしんどいですよね。
――ぼろぼろになって終わりますね。まさに先ほどの「恋愛はいつか必ず終わりの来るもの」。
静観している夫
――元彼と恋愛していた2013年から14年にかけて、植本さんは何回も旦那さんに「離婚してほしい」と申し出ているし、完全に夫婦関係がギクシャクしてるじゃないですか。でも、先ほど伺った「ゲラを見せたときの反応」なんかをきくと、今は普通に仲良しな感じがしますね。修復というんでしょうか。セックスレスですけどそれは婚外恋愛の以前からですし。
植本 うん、ぎくしゃくしていない。というか、旦那さんは、何一つ変わってないんです最初から最後まで。私が勝手に外で彼氏とかつくってそれがうまくいかなくて旦那さんに当たったりしてぎくしゃくさせてただけで。私がひとりで離婚だの何だのわめいていただけなんですよね。私の調子が良ければ、家の中は平穏なんです。旦那さんは何にも、ずっと変わらないままでした。動じない。
――何それ、そんなことってあるんですね。旦那さんが不動状態なことは、植本さんにとって安心ですか?
植本 最初は逆に不安でした。こう、私が何を考えてどう行動しているかということが一切、彼に影響を与えていないから、それが「好かれてない」「愛されてない」と思い込むことにつながってしまうんですよね。そういうところにイライラしました。私に好きな人ができても何も言わないし。そんなの愛されてないってことだよね、って勝手に思って。でも「世の中っぽい価値観」ですよねそれは。そこからいろいろ経て、私たちはこういう形でいいんだってところに行き着きました。こうなる前は、やっぱり、世の中的な価値観の自分と、石田さんと結婚した時点で普通じゃない生活をするんだって決めてたはずの自分とが、私の中でいったりきたりして混乱していました。
――今はその混乱が収まっていると。先ほどのセックスレスのお話もそうですが、求められないことの寂しさについては解消したんですか。
植本 そういうのは、変な言い方かもしれないけれど「適材適所」なのかなって思うようになりました。旦那さんは永久欠番というかドシッと構えて変わらずにいてくれる人なので、私は一緒にいてラクで自由でいられる。旦那さんといるのが一番、何のストレスもないんですよ。ときめきもドキドキもないけれど、すごいラクです。
――ときめきから安心まで全部の要素を夫婦内でまかなおうというのは難しいですよね。あの、どっしり構えている人だとはいっても、旦那さんもまた人間ですから、感情や考えがあって、奥さんである植本さんの一挙手一投足を何かしら受け止めているわけじゃないですか。何を考えているのか、問うてみたくなりませんか?
植本 ちょっと聞きたいですけど、聞かないですね。ただ、いつか、「このとき自分はどういう心境だったのか」を本にして読ませてくれたらいいなとは思いますけどね。文筆家としても私は旦那さんをすごく尊敬しているので。
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後編では、植本さんの「母親と自分」、そして「母親としての自分と自分の子供」について、より詳しく伺っていきます。
(下戸山うさこ)
<後編>大人の都合を内面化した「いいお母さんごっこ」をやめる。規範から抜け出すべくもがいた『かなわない』植本一子/インタビュー後編