無戸籍者の人生は、拠り所がない
ーーそれはいつの時代ですか?
井「いまの民法が制定される以前ですね。明治時代に作られた民法では、男女は自由に結婚するものではなく、家長に許されて婚姻を結ぶものでした。離婚も然りで、女性が一方的に離縁されることもめずらしくなかった。そのときに身ごもっていて、前夫が自分の子だと認めなかったら、子どもは私生児とされます。そんな社会的不利益から子どもを守るために設けたのが〈300日ルール〉なのです。でも、DNAどころか血液型や妊娠のメカニズムもよくわかっていなかった当時といまとでは、何もかも違いますよね」
ーー120年前の法律をいまだ守りつづけているツケを、まったく何の落ち度もない子どもたちが払っているように見えます。本書でも「親の因果が子に報い」と発言した政治家のエピソードも紹介されていましたが、そんなことを軽々しくいえないほど、無戸籍者の半生は過酷です。
井「戸籍がないということは、日本人であることを証明できない。多くは住民票もない。すなわち学校に通えず、健康保険に入っていないので病気になっても病院で診てもらうことができません。いろんな予防接種も受けないままです。そして、大人になれば働く場所がない。生きるために、アンダーグラウンドな世界に入るしかない子も数多くいますし、悪くすると犯罪に巻き込まれることに……。そして何より、戸籍がないとアイデンティティを確立できないのです。自分を証明するものが何もないのですから。自分は誰の子どもなのか、どうやって生まれてきたのか、出生届を出すときにどんな状態だったのか。それらを証明できないのは、生きるうえでの拠り所がないということです」
ーー昨今はメディアでシングルマザーの貧困なども盛んに取り上げられていますが、無戸籍の問題とあわせると、「離婚は女性と子どもに不利になるようできている」としか思えません。もともと男女間の賃金格差が大きいのに、前夫から養育費をもらえている人は全体の2割にも満たないと報告されています*。加えて、民法733条によって、男性は離婚の即日にでも再婚できるのに女性はそれができない〈再婚禁止期間〉が半年間もあります。いろいろと不平等ですね。*平成23年度全国母子世帯等調査結果報告
「それは、この〈300日ルール〉や〈再婚禁止期間〉が女性に対する懲罰だからですよ。昨年12月に最高裁が、女性の再婚禁止期間のうち100日を超える部分を『結婚の自由に対する合理性を欠いた過剰な制約』として違憲と判断しました。それを受けて今月、だったら女性が100日で再婚できるように民法を改正しようという閣議決定がなされ、今国会での成立を目指すそうです。でも、なぜ100日なのか? これを説明できる人はいないんですよ」