離婚後300日以内の女性が産んだ子は前夫の子とする民法772条。〈300日ルール〉といわれるこの法律の狭間に落ち込んで、「無戸籍」となってしまった人たちがいる。本人には何の落ち度もないのに、行政につながれず、教育も医療も受けられず、働きたくても働けない。その多くの人は世間から隠れるように生活しているため、孤独な日々を生きている。
「民法772条による無戸籍児家族の会」を起ち上げ、年間3,000人は生まれているという「無戸籍者」の支援を行いながら、そもそもの原因となっている法律の抜本的な改正を訴える井戸まさえさんが、著書『無戸籍の日本人』(集英社)を通して伝えたいこととは?
前篇:無戸籍者を生む法律の穴=「嫡出推定」「再婚禁止期間」は離婚した女性への「懲罰」である/『無戸籍の日本人』著者インタビュー前篇
ーー女性が前の婚姻中に新しいパートナーとの子を妊娠していた場合、母として「子どもが無戸籍になる」という罰を受けると前篇でうかがいましたが、ではこの法律において「父」とは何なのでしょう。前夫は自分の子ではないのに「嫡出推定」で父とみなされ、新しいパートナーは明らかに自分の子なのにそうではないと否定されます。
井戸まさえさん(以下、井)「男性にとって、生まれてきた子がほんとうに自分の子かどうかわからないという意識は根強いんですよ。もし違う男性の子どもを知らずに育てていたとしたら、男性にとってはとんだ赤っ恥です。タブーなんですよ。だから男性は自分がその立場にならないために、離婚後300日は子どもを産んではいけないとして、子どもを作るのを抑止したいんです。それが嫡出推定であり、そこをもとに作られたのが再婚禁止期間です。恋愛トークでも、『別れた彼女がすぐに男を作った!』と憤る人がいますが、離婚してしばらくは反省しておとなしくしていろ、というのが本音。いかにも男性らしいファンタジーです。離婚の原因によっては女性は反省の必要すらない場合もありますし、もし反省しなければならないとしても、それにかかる時間は人それぞれだから、法律で再婚禁止期間を6カ月だ100日だと決められる筋合いはないですよね」
ーーこの嫡出推定が法律で定められている国は、ほかにあるのでしょうか?
井「日本の民法は、明治時代にフランスの民法を基に作られています。前篇でお話した『私生児を作らない』を目的として、ヨーロッパ各国にも同様の法律はありましたが、DNA鑑定をすれば推定する必要のない現代にはそぐわないということで、ほとんどが2000年代初頭に廃止しています。けれどそれ以前に、欧米では協議離婚がなく、必ず裁判所で男女が対等に離婚できるよう話し合いの場を持ちます。慰謝料や養育費から逃れられないので、男性にとっても離婚をする場合はかなりの覚悟が必要です。『好きな人ができたら離婚して』といわれたときの精神的なショックは同じでも、『だったら、こちらはこれを要求する』といえるのは大きいと思います」
女性を苦しめる法が放置されている
ーー今回の「再婚禁止期間を100日に短縮」という改正案は、かえって「廃止する気がないんだ」という印象を受けます。
井「人権について強く訴えている野党の議員でも、この問題に対しては非常に感度が低いです。たしかに世の中の98~99%の人はこの法律に引っかかることなく再婚できますが、残り1~2%の人たちは取り残されます。まさにそこに、無戸籍者たちがいるんです。残念ながら今回の改正案でも無戸籍問題は解決しません。年間3,000人の子どもがこの法律の穴に落ちていて、その両親、前夫を加えると、無戸籍問題の当事者は1万2000人はいるといえます。それがどんどん積み重なっていくのですから、決して無視していい問題ではありません。法に落とし穴があることも、そこに陥って苦しんでいる人がいることもわかっている。いままで変えるチャンスが何度もあったのに、変えてこなかった。女性と子どもを苦しめる法がいつまでも放置されている国に住むこと自体、私はイヤです。だから、変えていくために本書を描き下ろしましたし、今後も活動をつづけます。そして、女性たちにはもっと怒ってほしい!」
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