ーー法律のなかに明らかな男女差別、女性蔑視が含まれているということですもんね。
井「なのに、女性側の問題意識も意外と低いんですよね。女性問題に敏感な方でも、『100日になったら、よしとしましょう』といってくるくらいです。これには理由があって、嫡出推定や再婚禁止期間で困る人は少なくないけれど、その期間を過ぎてしまえば他人事になるからです。ただ、忘れてほしくないのは、この問題は女性のなかにも差別を作っているということです」
ーー男女差別だけではない、と?
井「法律において女性より男性のほうが絶対的に優先されていますが、女性におけるヒエラルキーでは、婚姻している女性がいちばん上。その次が未婚女性で、いちばん下が離婚した女性です。法律っていうのは、こういう300日ルールや再婚禁止期間を設けることによって、うまく女性を分断しているんですよね。実に巧妙です。私は、これをこのままにしておきたくはないです」
ーーいまは、家族をめぐる法律が大きく変わるかもしれないときで、憲法24条に「家族は、互いに助け合わなければならない」の一文が加えられようとしています。伝統的家族観を偏重する社会では、それこそ離婚をする女性や離婚後300日以内に産まれた子どもはどうなるのでしょう?
家族単位の戸籍はもう限界がきている
井「憲法に家族を入れるのは、ほんとうに危険ですよね。家族というのは美しいだけのものではなく、子が親を食い物にすることもあれば、親が子を食い物にすることもある。家族間の暴力も、毎日どこかで起きています。安倍首相が思い描いている家族って一体どこにいるんでしょう? さきほどお話したように、この伝統的家族観は、フランス民法とともに入ってきた舶来品ですし、彼らがいつも引き合いに出す〈日本の家族〉が一時期はあったとしても、いまの日本で見つけることはむずかしい。いないからこそ、その一文を入れたいのかもしれないですけどね」
ーー井戸さんが法改正を目指して活動されるなかで会われた政治家に、そうした家族観を持つ方は多かったですか?
井「リベラルを標榜している党の方でも、家族観についてはとても保守的でしたね。男性議員のところに何度、無戸籍者の説明に行っても、何が問題かすらわかっていない様子でした。家族の形というのは、引いては国の形であり、理想としている像はそれぞれ違います。じゃあ自分と意見、価値観が違うその人たちが間違いかというと、そうではありません。おのおのが正しいと思っている家族観を守るために、せめぎ合っているんです。妥協と駆け引きですね。でも、憲法に一文が加わるとなると、わけが違います。それによって、伝統的家族以外の家族が排除されますよね。無戸籍者はその象徴のような存在です。彼らに対する国家の態度はネグレクトといっていいと思いますが、その対象が一気に広がるでしょう。すごく危ない方向に向かっていると私は見ています」
ーー本書は、「私たちはもうしばらく、19世紀の法律の下で生きなければならない」という語で締めくくられています※。「もうしばらく」の部分に井戸さんの「絶対変えるぞ!」という強い意志が現れていますね。※2016年3月の2刷分から
井「もちろんです! 無戸籍児を生む772条の改正が実現したら、次は戸籍制度そのものにメスを入れたいです。家族単位で編成するいまの戸籍はバグが多すぎるし、実体と乖離しています。住民票のほうがよほどその個人の実体に即していますよね。おまけにいまはマイナンバーもあります。明治時代はこれでよかったけど、いまは社会構造が変わったため、家族単位の戸籍そのものにもう限界がきているんです。とっくに、個人単位に移行すべき時代になっているのですから、私も歩みを止めていられませんね!」
(三浦ゆえ)
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