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規範的な家族観が生み出してきた「ひきこもり」を解決するのは「個人」のあり方だ 『家族幻想』著者・杉山春氏インタビュー

【この記事のキーワード】

−−『家族幻想』では、戦後の時代の変化と古くからのイエの概念の狭間で人々が苦しみ、その苦しみがひきこもりを生む経緯が浮き彫りにされています。人々がイエという古い規範から解放されずにつながれている限り、ひきこもりの問題はなくならないのかと思うと、暗澹たる気持ちになります。

杉山「社会が変化し、それに伴って家族のあり方や意味づけは変化しているのに、家族の旧来の役割規範が人を縛る。次世代はすごく生きづらいと思いますよ。ただ、本を書いていたときにすごく思ったのは、自分を縛っているのは、実際は社会や親ではなく、周囲の価値観を内面化している自分自身であるケースが多いこと。それに気がつけると、ふと楽になるのではないかと希望も感じました」

−−同じ時代背景に生きる以上、誰もがひきこもる可能性を持っていると感じますが、実際にひきこもってしまう人とそうでない人の差とは何でしょう。

杉山「私は自分の困っていることを他人に相談できるかどうかが大きいと思います。規範によって自身を判断して、それによりマイナスなスティグマを抱え込み、恥辱感によって自分を痛めつける。そうなってしまうと、他者から自分を隠してしまいたくなる。

 しかし、スティグマとならなければ、人生の大概の困難は、周囲の資源を適切に使って立て直したり対応したりしていけるような気がします。資源のなかには親も入っています。自分のここは見せられないという部分が大きければ大きいほど、なかなか自分を変えられず、状況に適応できなくなってしまうように思います」

――自分が上手くいっていないところや、ダメなところをさらけ出すのって、案外難しいです。特に現代ではSNSを見ればいわゆる“リア充”アピールが溢れていますし。

杉山「その感受性は、私が取材してきたひきこもりの人達と共通していると思います。私たちの社会は産業化が進む中で、評価されて、認められて、居場所を獲得する部分が大きくなっているように思うんですね。評価を恐れる気持が、過剰な不安を生む。不安が大きくなると、その場には出ていけなくなる。そういう不安から解放されることで、実は別の道があることに気付けるのではないかと思うんです」

――本当にそうですね。発信したことが評価にさらされるのが、当たり前の感覚になってしまっています。Facebookなどでは「いいね」の数が可視化されるので、怖くて何も言えなくなってしまったり。

杉山「そもそも、インターネットって、自分の全存在を受け入れてもらうツールとしては、弱いですよね。インターネット上での振る舞いと実際に会う際の振る舞いって異なります。かかわりをやめようと思えば、やめられるのがインターネットの長所でもあり短所でもあると思います。ひきこもりを回避したり、抜け出したりするためのコミュニケーションって、全体的なもので、粘りも必要です。

 ひきこもってしまう人は、自分の価値が信じられない。自分の存在をダメなものだと思っている。だから、あっさり引いてしまう。しかし、自分の価値と出会うためには、他者の存在が必要ですよね。

――とはいえ、実際に心が弱ってしまったときは、全体的なコミュニケーションを取るのは荷が思いと感じるのではないでしょうか。

杉山「本人が一方的に出て行くのではなく、社会の側との相互の行き来がないと難しいですよね。かつては、家族という共同体が人を守って、そこから社会につなげていくというイメージが強くあったと思うのですが、それは現代では大きく変わってきた。家族とは違う、しかし、個人を社会につなげていく、その技術や場が求められているように思います」

――現代に生きる私達は、摩擦を避け居心地の良いコミュニティに逃げてしまいがち。自分を振り返っても、価値観の違う人、ややこしい人は、スーッと避けてしまうところがあります。逆に自分自身が面倒臭い人だと思われるのも嫌で、なかなか本音を打ち明けられないことも多いのです。

杉山「ややこしい人は、スーッと避けるという人がいてもいいとは思うのですが、当事者の側から考えると、ややこしい人と評価されて、孤立することは手ひどい傷を負う。しかし、そういう人たちと繋がる繋がり方というのもいろいろあって、私自身、我が子がひきこもりになった経験があります。私まで孤立すると、彼を壊してしまいそうな危機感があり、必死で外に助けを求めたら、いろんな人と出会うことができた。そこで自分もたくさんのことを学んだ。それは幸せなことだったと思います」

――お互いの殻から踏み出すことで、見えてくる世界があるということですね。

杉山「行政も含めて、今の社会は利用しようと思えば、困難な人を援助する仕組みが色々とあります。ただ、そこに軽々とは繋がれない。恐怖が人を閉じ込める。そこをどのように超えていくのか、考える必要があると思います。そして、その超え方が、外側の世界全体を楽にしていく可能性もある。そういうこともあるのではないかと思います。引きこもる人たちが縛られてしまう鎖が、実は、ひきこもるほどではなくても私たち自身が囚われている鎖とよく似ているかもしれない。それが少しずつ外れていく生き方を双方で探していくことができないかと思うのです」

――ひきこもりに至ってしまう背景にはさまざまな困難があります。でも自身を縛っている鎖の存在に気がつけば、新たな一歩を踏み出すこともできる。それはひきこもり当事者だけでなく、現代社会において自分の殻を破れずに孤立しがちな私たちにも当てはまります。お話をうかがって、なんだか背中を押してもらった気がしました。

また、これからの時代にあった家族観をつくるためには、一人一人のマインドとともに社会制度も変えて行かなければならないと、杉山さんは言います。後編は今後の社会のあるべきカタチについてうかがいます。
(聞き手・構成/蜂谷智子)

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