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「国益のために産め」は正論ではない!「女子は2人以上出産を」校長を擁護のデヴィ夫人「妻となり子供を産み、母となるのが女性の本能」発言のおかしさ

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 ちなみにデヴィ夫人は、不倫バッシングにさらされたベッキーを擁護し「大きなお世話。人の恋路を邪魔する必要は全然ない」と同じくブログ上で発言したが、一方で、2014年に矢口真里が不倫騒動による休業からの復帰を表明した際には、猛烈に反発していた。その際の弁はこれだ。

 「彼女が復帰しなければならない意味がわかりません。(芸能界での需要は)皆無だと思います。間男を夫婦の寝室に引き入れ、不倫の現場を夫に発見されて離婚したことを認め、世間に謝罪しなければ、日本の女性は納得しないでしょう」

 彼女がベッキーを擁護した論法に則れば、これもまた矢口に対する大きなお世話であり、人の恋路を邪魔する必要は全然ないのでは? ベッキーと矢口の違いといえば、前者が独身で後者が既婚であったことだが、デヴィ夫人としては「独身女性と既婚男性の不倫は自由恋愛であり、既婚女性の不倫はNO」と考えているということだろうか。これまた性差別であるということに気付かないデヴィ夫人は実におめでたい。今回の校長擁護も、お得意の逆張り発言に過ぎない可能性もある。

呼びかけるべきは女性じゃない

 それにしても、「国益」を考えて少子化問題解消に意見する人々は、「女性がたくさん産めばOK」というところで思考停止しているように見えてならない。

 産めばその後、長い期間をかけて子が大人になるまで育てていかなければいけないのだが、それは現状、各家庭の自助努力によって達成されるべきものとされている。衣食住のみならず十分な教育を与え、できれば大学に進学させ、よく働いて消費もし、また結婚して子をなすような大人に成長させることが、各家庭に求められている。これはまったく本能ごときで達成できるような簡単な命題ではない。出来ないから大勢がやらないのだ。「国益」のために、無理ゲーに挑む民はいない。奴隷ではないのだから。

 労働人口が足りない、だから女性を“活躍”させよう。しかし女性が“活躍”すると出産ができず将来的な労働人口がもっと足りなくなる。さあどうしよう、ということなわけだが、女性が働きながら子を産み育てることが「無理難題」ではなくなるよう、ルールや既存の価値観を改正・更新すればいいだけのことである。にもかかわらず、頑なにルール変更を渋り、「無理難題だけど頑張れ」と突きつけている現状を、もっとよく見た方が良い。

(清水美早紀)

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