「男性性=暴力性」という幻想に引き裂かれた父と息子の物語『共喰い』

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(C)田中慎弥/集英社・2012「共喰い」製作委員会

(C)田中慎弥/集英社・2012「共喰い」製作委員会

今をときめく俳優のひとり、菅田将暉さんが2013年に主演した映画『共喰い』。彼はこの作品で、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しました。

菅田将暉さんが演じるのは、昭和63年の山口県に住む17歳の高校生・遠馬です。遠馬は、父親の円(光石研)とその愛人の琴子(篠原友希子)と三人暮らし。戦争で左手を失い、義手で魚屋を営んでいる母親の仁子(田中裕子)は川向こうに離れて暮らしています。千種(木下美咲)という彼女がいる遠馬は、暴力的な父親の血を自分も受け継いでいると信じ込み、いつか千種に暴力をふるってしまうのではと、いつも恐れているのでした。

母親に仕掛けられた時限爆弾

遠馬の父はセックスの時に相手の女性を殴るという性癖を持っていました。しかし、遠馬を殴ることはありません。息子は殴らないのに、なぜ女性たちを殴るのか。それは、母親の言葉から考えると、父が「ああいうことせんと男になれん」と思っているからだと思われます。つまり、女性に暴力的にふるうことが、男であることを確認できる手段だと信じているということでしょう。

遠馬もまた、そんな父と一緒にいたため、「ああいうことをせんと男になれん」のではないかと思いこまされている節があります。しかし、遠馬の場合は、それを疑い、避けたいと思っているため、千種とセックスするときにも、彼女の痛みを気にかけるし、気持ちが良いのは自分だけではないかとも気にします。その内省的な部分は、むしろ良いことのようにも見えますが、なぜ彼がそこまで気にしてしまうのでしょうか。そこには、父親の血への恐怖を増大させる理由があったのです。

それは、母の仁子の言葉からうかがえました。仁子は、ことあるごとに「お前にも忌まわしき父と同じ暴力性があり、いつかやってしまうんだ。あの男の血を受け継いだお前を生んだのは私だけれど、それ以外にはいなくてよかった」という呪いをかけていたのです(仁子は遠馬の後にできた子どもを中絶しています)。

しかも仁子は、円から暴力を受けたときに拒否できなかったことは自分自身の責任であり、あの暴力的な父親の子どもを世に送り出してしまったのも自分の責任であると考えているために、その責任を遠馬にも負わせようとしているようにも見えました。母親の言葉には「絶対に父親と同じことをしてはいけない」と、「どうせお前も父親と同じ暴力性を持った男だからやるに違いない」という、二重のメッセージが込められていたのです。

このことで遠馬は、自分も父の暴力のDNAを受け継いでいて、いつかは同じことをしてしまうんじゃないかという時限爆弾を仕掛けられてしまいます。

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