『働きマン』から10年、『重版出来!』がアップデートした戦う女性編集者

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『働きマン』と『重版出来!』の異なるチームプレイ観

 プライベートも仕事も重視しながら、自分の能力・個性が生かせる職場を求め、仕事に面白さを見出すという働き方を描いた「出版モノ」、しかも女性が主人公である、ということで想起される作品の一つに、安野モヨコ先生の『働きマン』(講談社)があります。

 2004年から2008年にかけて「モーニング」で連載された『働きマン』は、2006年にアニメ化されただけでなく2007年には菅野美穂さんの主演でテレビドラマにもなったヒット作です(2008年より休載中)。主人公の松方弘子はサラリーマン向けの総合週刊誌「週刊JIDAI」編集部の編集者で、ファッションやメイクにも手を抜かない28歳の女性です。

 「30歳までに編集長になりたい」という弘子を中心にゴシップやニュースなどを扱う総合週刊誌の現場を描いた本作は、様々な人との出会いや社会のありかた、がむしゃらに仕事に取り組む真摯さなどを正面から描いた意欲作です。今読んでも大変読み応えがある優れた作品なのですが、弘子があまりにも必死で、ちょっと息苦しさがあるようにも感じます。

 『重版出来!』と『働きマン』は、女性を主人公にして出版業界の体質や社会のあり方、登場人物の成長などに迫っているという点が共通しています。また、いざという時には「男スイッチ」が入って「働きマン」になる弘子と、柔道部出身でかつてはオリンピックを目指しており「小熊」というニックネームを持つ心というキャラクター設定には、「女性」に戦闘性や困難に向き合う粘り強さといった要素を持たせようという工夫も共通して見られます。

 しかしながら、総合週刊誌で働く28歳の弘子を通して描かれたゼロ年代の働き方と漫画編集部で働く新卒の心を通じて描かれる2010年代の働き方には異なる方向性があって、それが時代を表しているようにもみえるのです。『働きマン』と『重版出来!』を比べて感じられる2010年代の特徴として、チームプレイの描かれ方の違いを本稿では指摘しておきたいと思います。

 切迫した状況の中で主人公が自ら道を切り開く作品が多く生み出されたのは、ゼロ年代の特徴のひとつ言われています。その代表としてよく挙げられるのは1999年に発表され翌年映画化された高見広春先生の『バトル・ロワイアル』(太田出版)ですが、他にも大場つぐみ先生・小畑健先生による『DEATH NOTE』(集英社)やテレビアニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』などが知られています。ゼロ年代の文脈を踏まえると、仕事にのめり込みすぎだと友人から言われながらも「仕事をしたと思って死にたい」と語り、失恋した当日も泣きながら仕事をする弘子は当時の社会状況を鋭く反映しているように思えてきます。『働きマン』の背景にあるのは政治やスポーツの取材を通して弘子が男性中心の社会に挑むという視点であり、困難な状況の中で個人的な決心から行動を開始するスタンスです。『働きマン』では責任感やプロ意識の表れとして描かれる同僚や取材相手との利害関係を前提としたチームプレイが描かれていて、それぞれが孤軍奮闘しながら雑誌を作り上げていく様子が作品の主眼となります。

 「頑張って頑張って、声をかけてくれた人に喜んでもらおうと思います」「心から熱くなれる場所はここしかない」と語る『重版出来!』の心は、弘子と同じように仕事に一生懸命な女性です。しかし作中で指摘される心の強みは「体軸が全くぶれない」という柔道仕込みの安定感にあり、恋人や同僚、取材相手との人間関係に翻弄される弘子とはキャラクターの方向性が異なります。本作の読みどころは漫画出版に関わるさまざまな人々にスポットが当てられている点なのですが、ここで描かれるのは「いかに協力するか」という人間関係です。

 その代表的な例が、『重版出来!』第1巻の山場である、「ほとんど無名の作家」による単行本『タンポポ鉄道』が30万部突破の大ヒットとなる顛末でしょう。編集と営業、書店員が団結して売り込むことで版を重ねる『タンポポ鉄道』のエピソードは、心の上司たちが共有する「売る努力もしないで経費だけ使い込んだ結果、雑誌を潰した」というトラウマを癒す過程しての側面も持っています。『重版出来!』の背景にあるのは「バブル期のツケ」であり、そこにあるのは集団的な傷をチームプレイで乗り越えようという視点です。『重版出来!』では未熟さや不完全さを許容しながら結果を出そうという協力関係が描かれていて、互いに補い合う補正的な関係が作品の主眼となります。心がモットーとして掲げる「精力善用」「自他共栄」そのままの世界観がここでは描かれています。

補正的なチームプレイはどこへ行くか

 こうして考えると、ゼロ年代的な働き方の場が総合週刊誌の編集であったのに対し2010年代的な働き方の場が漫画の編集となったという変化も興味深く感じます。

 総合週刊誌は情報をより早く正確に伝える存在であり、出版のなかでも情報産業としての側面が強い媒体です。ところが漫画の単行本には作家性の表現やコレクション性という側面があり、装丁やデザイン、紙選びなど「ものづくり」の要素が入ってきます。個人の決断力や筆力が価値を持つ情報産業と、分業と協力関係から立ち上がる製造業という対比がここから見えてくるように感じられます。

 プライベートも仕事も重視しながら、自分の能力・個性が生かせる職場を求め、仕事に面白さを見出すという働き方はゼロ年代と2010年代に共通したものです。働き方や組織のありかたに対するアプローチが違っているというコントラストが、舞台設定からも読み取ることができるのではないでしょうか。

 『重版出来!』は黒木華さん主演のテレビドラマとして現在放送中です。はじめに配役を聞いた時には「黒木華さんは確かに素敵だけど、作中では小熊というニックネームで呼ばれる黒沢心とはイメージが違うような?」と、実は思いました。しかし実際にテレビで拝見すると、線が細くて透明感がある黒木さんの魅力はそのままに、前向きでガッツのある黒沢心のキャラクターが動きや表情で表現されているように感じます。オダギリジョーさんをはじめと個性的な役者さんが勢ぞろいしているテレビドラマ版の『重版出来!』では、「ものづくり」としての単行本の魅力とチームプレイはどのように描かれるのでしょうか。これからの展開を楽しみに待ちたいと思います。

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