「KABA.ちゃん、性別適合手術で女性になれてよかったね」という報道に社会的意義はあるのか

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「パスする」ためにはじまり、繰り返される整形

『ノンストップ!』では、4月10日以前からKABA.ちゃんのトランジション(性別移行)を取り上げている。SRSの日程決定を報告した2016年2月15日の放送で彼女は、あごと頬骨を削った結果、たるんだ皮膚をリフトアップしたという話をしていた。

性別を移行していると周囲にバレないことを、俗に「パスする」と言われている。MtFの場合、パスするために整形手術を受けるケースも多い。女性にはかわいい、きれいであるべきという規範があり、男性より丸みがあると言われている。だから自身の顔から男性性を除去しようと、骨格を変えたり、額にシリコンを入れて丸みを加えたりしようとするMtFもいる。

KABA.ちゃんも「女性らしいラインにしようと思って」「すっぴんになった時にも女性らしい顔つきになっておきたい」と言っていた。そんな彼女に対し共演者は「変わってないよ」と笑い者にする。これは一般的なMtFにも見られるやりとりだ。生来の女性と比較され、「やっぱりそういうところが男だよなー」とイジられることも、ままある。

KABA.ちゃんを見ていると、コントロールできない他人からの視線の代わりに自分の身体を変えようとしているように思われる。外見が女性にしか見えない状態になれば、不当に貶められることはなくなり、認められるのではないかと期待して、整形を繰り返すMtFは珍しくない。KABA.ちゃんは声帯の手術も受けるようだが、MtFにとって高い声への変化は「かつて男性だった」とバレないようにするためである他に、女性性で固めていけばいちいちイジられずに済むという意味合いも大きいのではないだろうか。

「性同一性障害」と「トランスジェンダー」

ここで、トランスジェンダーと、SRSやそのプロセスにまつわる基本的な情報をおさらいしておきたい。

生まれたときに与えられる性別に違和感を抱き、性別を移行する人を一般的に「性同一性障害」という。これはアメリカ精神医学会による“Gender Identity Disorder”(GID)を翻訳した医学用語だ。日本では、母体保護法によって、理由なく生殖能力を失わせてはいけないという縛りがあるため、性別違和を病理化することでホルモン投与やSRSなどの医療行為を供給する正当性を持たせた。精神科医によってカウンセリング受け、「性同一性障害」と診断されることで、合法的に医療行為を受けられる免罪符を得る、と考えたほうがいいかもしれない。

しかし、「性同一性障害」と呼ばれることで病気扱いされるのを嫌がる人々がいる。それは「障害」という言葉に対する「異常で治されるべきもの」というネガティブなイメージがつきまとうからだろう。性別に対する違和感を障害、つまり病気とくくってしまうと、ホルモン投与やSRSを受けることこそが「正しい治療」とされ、「医療行為によってトランジションするべきだ」という規範を作ってしまいかねない。当事者の中には医療技術を用いなくてもいい、服装を変えたりすることで社会的にジェンダーを移行できればいい、という人も少なからずいる。

「性同一性障害」という病理のラベリングに抵抗する人々が好んで使うのが「トランスジェンダー」という言葉だ。これは医療による変化に限らず性別(ジェンダー)を移行する(トランス)、変える人を広く指す言葉であり、かつ当事者自身が名乗りはじめた呼称という歴史的背景がある。読者の皆さんも、自分のことを「この人は◯◯で……」と勝手にカテゴライズされ、紹介されて嫌な気持ちになったことはないだろうか? 本稿はじめ、わたしが普段から「トランスジェンダー」という言葉を使うのは、他人からレッテルを貼られて類型化された言葉ではなく、多様性も含もうとする当事者からの意志が込められた、積極的な呼称だと考えるからだ。

わたしが性別違和を意識したのは1997年で、翌年国内ではじめて合法的なSRSが行われた。田舎に住み、自分が何者かわからず精神的に追い詰められていたとき、「性同一性障害」という言葉に出会って救われたのも事実だ。性同一性障害にしろ、トランスジェンダーにしろ、当事者自身がどの呼称を名乗るかは、尊重されるべきだ。

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