連載

英語圏の腐女子文化~知られざるスラッシュフィクションの世界

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スラッシュ評論の基本書

 日本では以前からやおいや腐女子を扱った評論があり、最近でも溝口彰子『BL進化論――ボーイズラブが社会を動かす』(太田出版、2015)のようなアカデミックなものから、二村ヒトシ、岡田育、金田淳子『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA/メディアファクトリー、2015)のようなくだけたものまで、いろいろな論考を読むことができます。ただ、日本における評論の隆盛はあまり英語圏の動きとつながっておらず、こうした本を楽しんだ読者が、英語圏の面白いスラッシュ批評に日本語で触れられる機会はあまりありません。これは残念なことだと思います。

 英語圏では1990年代の初め頃からスラッシュ研究が盛んです。一言で動向をまとめるのは難しいですが、内容に見られるホモフォビアや内面化されたミソジニーなどの問題点も指摘しつつ、女性同士が協力しあうファンコミュニティに注目し、女性ファンがテクストの意味を反転させ、読み替える活動をクリエイティヴなものと見なす動きが強いかと思います。英語圏のスラッシュ批評については最低これだけは押さえておきたい定番の本が2冊、+αで押さえておいたほうが良さそうな本がもう1冊あります。どういうわけだか+αのほうだけ日本語に訳されているので、まずはそちらを紹介します。

 コンスタンス・ペンリー『NASA/トレック――女が宇宙を書きかえる』上野直子訳(工作舎、1998)は、原著NASA/TREK: Popular Science and Sex in Americaが1997年に出て、翌年に日本語になっています。宇宙と女性の関わりについての著作で、第一部は宇宙開発における女性宇宙飛行士への差別や、メディアに流布されている女性宇宙飛行士のネガティヴなイメージなどを論じています。生理がある女性は宇宙に行くべきではないとか、女性は無能なので宇宙飛行士のような責任ある仕事ができないとか、さまざまな偏見についての議論が行われています。第二部が前述のカーク/スポックを扱ったスラッシュに関する分析で、女性たちの書くファンフィクションが人種差別や性差別、性的指向による差別を排したユートピア的な物語を紡ぐことで、タイトルのように宇宙を「書きかえ」ていることを評価しています。

 この本はスラッシュ批評としてよく参照されますが、正直私はあまりいいと思いません。前半と後半のまとまりが悪く、またもともと精神分析などを研究している著者が書いた本で、史料調査に基づく実証的・歴史的考察が少ないからです。後で紹介する2冊のほうがずっと優れた本だと思います。

 しかしながら、この本はいささか不幸な受け取り方をされてしまったとも思います。というのも、と学会『トンデモ本の世界S』(太田出版、2004)でトンデモ本扱いされてしまったからです。唐沢俊一が「コンスタンス・ペンリー『NASA/トレック』――ホモポルノこそ女性解放運動の理想型?」(pp. 168 – 175)という紹介文を書いていますが、あまりこの本を評価していない私でもどうかと思う内容でした。本の内容に対する批判もあるのですが、「敢えてペンリーが本書の中で全く触れていないのが、大多数のスラッシャーたちが、現実世界では異性関係に恵まれているとはとても言えないことである」(p. 172、強調は原著通り)とか、「[スラッシャーたちは]一言で言えば“イタい”外見の女性たちばかり」(p. 172)とか、どうもこの記事は「スラッシュはブスの僻み」という思い込みに貫かれているようです。どちらがトンデモかと思うような文章ですが、まあこんなライターに目をつけられてしまった本書が不幸だったのでしょう。せっかく日本語に訳された英語圏のスラッシュ評論がこんなところでしか注目されなかったのは残念です。

 ペンリーの本が出る前、1992年に、スラッシュ研究における記念碑的な本が2冊出ています。1冊目はカミール・ベイコン=スミスのEnterprising Women: Television Fandom and the Creation of Popular Myth (University of Pennsylvania Press, 1992)です。タイトルはちょっと訳しにくく、『エンタープライズに乗り出す女たち――テレビのファンダムと大衆神話の創造』とでもすべきでしょうか。“Enterprising”という言葉は「事業を始める」という意味に『スタートレック』の宇宙船エンタープライズをひっかけています。著者のベイコン=スミスは研究者であるだけではなく小説家でもあり、この本の冒頭部分はスラッシュの創作をわざとB級SFのような仰々しさで描写しています。

 このアートの創造は、大衆文化の遺物(大衆文化のアイコンである場合もある)をねじまげる行為だ。主婦や図書館司書、学校教員、データ入力事務員、秘書、中世文学の教授たちが行っている体制転覆行為だ。夫や上司は絶対にこれを認めるわけがない。子どもたちはこんな図々しい市民的不服従に触れてはいけない。しかし、その夫や上司や子どもの鼻先でこんなことをしているのだ。(p. 3、拙訳)

 研究書にしては中二感溢れる始まり方にワクワクしますが、読み進めて行くと実はかなり地味な内容です。この本はファンフィクションを地道に読み解き、ファンに聞き取り調査を行い、しっかりした取材で女性たちのファン活動を明らかにしています。隠れて創作をするスラッシュファンダムを、男性中心的な世界に表だって抵抗するよりはそこから逃避するためのものとして冷静に批判することも忘れません(p. 290)。壮大なスペースオペラを期待して読み始めたら最後は内省的思索SFに……という読後感ですが、執筆当時のファンダムを克明に記録・分析していて読み応えがあります。

 同年に出たヘンリー・ジェンキンズのTextual Poachers: Television Fans and Participatory Culture (Routledge, 1992)[『テクストの密猟者――テレビのファンと参加型文化』]はスラッシュのみならずファン研究全体に大きな影響を及ぼした名著で、2013年に20周年記念として増補版も出ています。この本はテレビのファンダムについて幅広くかつ地道な調査を行っています。

 ジェンキンズの研究の特徴はとにかく明るいことです(一度だけご本人に会ったことがありますが、授業も明るい感じでした)。読んでいてファンガールの人生の悲哀がしみじみ感じられるベイコン=スミスの本に比べると、ジェンキンズはスラッシュを楽しむ女性たちのコミュニティの創造性、異性愛者男性中心的な気風に抗う反骨的政治性、多様性、クオリティや政治的傾向に関する率直な相互批判などを高く評価しており、読んでいてなんとなくファンガールでよかったという気になります。ジェンキンズの著作はどれも面白く、是非日本語への翻訳を期待したいところです。

 90年代の成果を背景に、フェミニズム批評やクィア批評の影響を受けたスラッシュ研究が現在も進展しています。例えばTransformative Works and Culturesという学術雑誌は、スラッシュを含めたファンフィクションについての英語論文を無料で公開しています。来年はシャーロック・ホームズのファンダムとフェムスラッシュを特集するそうです。

 駆け足で簡単に英語圏のスラッシュと批評をフェミニズムをからめて説明しましたが、まだまだスラッシュの世界は奥深く語り尽くせませんし、日本の腐女子文化と比較検討すると面白そうなところがたくさんあります。皆様にも長寿と繁栄と良い船が来るよう、願っております。

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