
『ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件』筑摩書房
『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』杉山春・著(2013年)ちくま新書
9月4日、ルポライターの杉山春さんの新刊『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』(筑摩書房)が刊行されました。2010年の夏、ネグレクトされたうえ、マンションの一室に置き去りにされた3歳のあおいちゃん(仮名)と1歳9カ月の環くん(仮名)の死を通して、幼児虐待や女性の貧困について分析しているルポタージュです。
本書では母親である芽衣さん(仮名)や芽衣さんの父親、元夫とその家族に至るまで、ネグレクトされた幼児2人の周辺にいた様々な人たちについて取り上げられています。同時に、芽衣さんや周囲の人々の育った街や事件の起こった街、ならびに、日本社会全体の変容にまで言及されており、この事件が日本社会全体の歴史から見てどういう位置にあるのか、というマクロの視点でも、事件に対する分析がなされています。非常に読み応えのある一冊で、ぜひ女性にオススメしたい本です!
●自分の立ち位置
さて、自分のことを書くのはこの稿の目的ではないにせよ、本書に対する私の感想と関わっておりますので、さっくりと説明しますと、ワタクシゴトで恐縮ですが、私は2年前、正社員で働いていた会社からクビになり、転職の為に活動しまくったものの、100社近くから不採用になった実績があります。
再就職の難しさを実感するとともに、貧乏に暮らすというのがどういうことか、骨身に沁みて実感した2年間でした。
2年間でじわりじわりと貯金が減ってゆくのと反比例して、不安感は増すばかり。頼れる親族は、いません。とうとう来月のお家賃が払えない、という状況になった時、真っ先に思い浮かんだのは、どこかで借金をして、それでも足りなくなったら水商売、もしくは風俗で働くしかないのだろうか……?ということでした。
読む前と読んだ後で変化した芽衣さんへの思い
と、まあ、私はそのような2年間を経て『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』を読んだわけです。
私はそもそも、「ネグレクトや虐待をする親」が憎いし、そんな気持ちを言語化したい。だから、この本を読みました。マンションで死んでいった可哀想な幼児2人に感情移入し、2人をネグレクトした芽衣さんを憎む、というのが、読む前のプランでした。
けれど、本書を読んで、憎むべき対象であるはずの芽衣さんに対して、不思議なほど、憎しみが湧きませんでした。それはもう、拍子抜けするほどに。
それどころか、湧きあがってきたのは、芽衣さんに対する同情の気持ちと、私自身このような事件を起こしてもなんら不思議ではない。という気持ちでした。
●虐待の後遺症と周囲の無理解
芽衣さんのことを気の毒だな、と思うのは、芽衣さんが虐待された子供時代を過ごし、後遺症に苦しんでいたにも関わらず、周囲の理解や専門家の治療を受ける機会に恵まれなかったからです。
芽衣さんは幼いころ、両親から虐待やネグレクトを受けたせいで、現実が現実と感じられなくなる「解離・離人感」の症状があったそうです。芽衣さんの場合、解離が起こると何週間にも渡って行方不明になる、ということが子供の頃から続いていたそうです。
事件を起こす何カ月も前から、芽衣さんは解離という特殊な心理状態にあり、子供に対して「殺意はなかったと断言できます」、と臨床心理学を専門とする大学教授であり、虐待の専門家である西澤哲さんは本書で語っています(p. 257)。
解離を起こしていたからといって、子供を死に至らせる言い訳には、なりません。
だからこそ、芽衣さんの周りにいる大人たちが、芽衣さんのかかえていた過去や後遺症に気付いていたなら。芽衣さんに、西澤教授のような専門家の治療を受ける機会があったなら。事件は防げたのではないだろうか、と残念に思わずにいられません。