●私自身このような事件を起こしても不思議ではない
私自身、このような事件を起こしても不思議ではない、他人ごとではない、と思うのは、この2年間の私同様、芽衣さんが貧困に陥っていたからです。
本書によると、芽衣さんが2歳と7カ月の子供を連れて離婚したのが09年5月末。
その時点で、ほとんど着の身着のままで、元夫と暮らしていたアパートから追い出されたそうです。子供2人を連れて出て行かねばならないのは芽衣さんの方なのに、驚くことに、元夫からは養育費は一切支払われていなかった。
離婚後、芽衣さんが風俗店で働きだすのが10年1月。約半年後のことです。
この半年という期間に、私は背筋の凍るようなもの凄いリアルさを感じます。
半年の間に、じわじわと不安は高まって、代わりに希望が段々減っていったんだろうな。
「もうダメだ……子供2人養っていくには、風俗しかない……」って徐々に、思うようになったんだろうな。
助けを求めるより、「消費者金融・水商売・風俗」の方が身近な社会
少なくとも、風俗店の面接に行った芽衣さんが、どれだけお腹が空いてて、怖くて、不安だったか、一応その道を検討した者としては、まざまざと想像できます。だから極限状態の芽衣さんが水商売と風俗で働いたことは、私には、すんなり理解できます。
この半年の期間で、あおいちゃんと環くん、2人へのネグレクトと虐待が進んでいったわけですが、この2人の幼児にとっても、恐怖の半年だったんだな、と思うと、滅茶苦茶かわいそうです。マンションでは毎晩、泣き声とともに、あおいちゃんがインターフォン越しに「ママ、ママ」と言っている声が聞こえたらしいです。
もし自分があおいちゃんだったら……。真夏に、40度越えで汚物まみれの部屋の中で、目の前にいる小さい弟が、だんだん衰弱していく……。
こわい。たすけて。
でも、2歳児の能力でその恐怖を言葉に置き換えるとしたら、「ママ」。出てくるのは、その一言だけ。
●自分を言語化する難しさ
裁判長は、芽衣さんに、「子供らのことを考えるのであれば、あきらめたりせずに、最後まで助けを求めるべきであった」と言ったそうです(p. 261)
けど、それは……。かなり無理な要求だと、私は思う。
だって、芽衣さんは、ハタチそこそこですよ。ってことは、つまり、親の養育を離れて、まだ数年ってことです。
自分を虐待していた親元を離れてたった数年の彼女が、
「自分は数年前まで親に虐待されていて、そのせいで今、解離や離人感があり、子供の養育が困難なので、支援を受けたいです。助けてください」
って言える相手が、どれだけいるんだろう……?
「こわい。たすけて」って、あおいちゃんが誰にも伝えられずに亡くなったのと同じように、芽衣さんも、「こわい。たすけて」って、言葉で人に伝えることは、できなかった。
本書を読むと、芽衣さんがいかに言葉以外の方法で、懸命に「こわい。たすけて。」っていろんな人に伝えようとしたかが、分かります。
あおいちゃんがまだ幼いゆえに言葉にできないのと同じように、芽衣さんは小さい頃のまま時間の止まった人ゆえに、事件当時は自分のことを言葉にする力がまだなかったのかもしれない、と思います。
あおいちゃんのインターフォン越しの声に答える人がいなかったのと同じように、芽衣さんの、言葉にできない叫び声に、答える人はいなかったんだな、ということが一番気の毒で、残念に思います。