神田うのが力説する「『母親』は目立たず、前に出ず!」の従順規範

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 今年5歳になるUNOの娘は、プレスクールを経て名門インターナショナルスクールに通っている。UNOは「我が家の教育方針は『人はそれぞれ違っていて当たり前』」と説く。

「往々にして日本の学校では、みんなと同じことができる子が良し、とされているような気がします。(中略)『右向け右』と言われれば、みんな揃って右を向く。それが悪いと言っているわけではありません。(中略)ただ、我が家の方針としては、娘なりの個性を伸ばしていければ、と」
「みんなと違っていたって、ぜんぜん構わないのです。むしろ、人は違っていて当たり前。『世界に一つだけの花』ではないですが、みんなそれぞれに、その人にしかない素敵なところがあるんだよ、ということを、私は娘に教えたい」

 このような思いからUNOは娘をインターに通わせることにしたのだという。人種も国籍も異なり、人はそれぞれ違うもの、が当たり前になっている環境だから、親がテレビに出る職業だからといって、奇異なまなざしを向けられることもない……と綴っている。

 ところがこのわずか7ページ後でUNOは「『いかにダサくするか』が子供の学校での私のファッションテーマ」だと、“ママとしての心得”を説く。

「子供の世界では、ファッションもまた、目立ちすぎてはいけないんですね。ということで、娘の学校では『目立たない』をモットーに、自分のオーラを消して『地味』を貫く事にしています」
「ビジネスの世界では大人が主役。みんながそれぞれ主役で、いろいろなカラーの人がいてもいいけれど、学校では子供が主役です。お母さんに個性がある必要はないのだから、必然的にお母さんたちの服装も地味になる。そこに私も埋まってしまおう、と」
「『買いたくもないものを買うのがこんなにも苦痛なのか……』と思ったけれど、『ママの制服だと思いなさい』と母に諭され、超シンプルな紺色のスーツをデパートで買いました。太ーい5センチヒールのパンプスも買いました。ピンヒールなどもってのほか。歩くたびに、子供たちが遊ぶ校庭にポツポツと穴が空いて、大ひんしゅくを買ってしまいます」

 UNOよ、「みんなと違っていたって、ぜんぜん構わない」といいつつ、娘のために「自分のオーラを消して『地味』を貫く」一体どっちなんだ……。おそらく、「“自分の子供は”みんなと違っていたって、ぜんぜん構わない」、だが「“娘が奇異の目で見られないようにするため”“自分は”自分のオーラを消して『地味』を貫く」ということなのだろう。まあそれでも矛盾しているが……。娘としては、自分の通う学校でいつもと違う地味な装いをし、よその母親たちと完全に同化している母親を見ると“やっぱりみんなと違っていたらダメなんだ”と混乱するのではないだろうか。

 学校という場所でいつも通りの格好をしていて、娘にどのような迷惑がかかるのだろう? せっかく「親がテレビに出る職業だからといって、奇異なまなざしを向けられることもない」インターに入園したのに、服装やら何やらで浮かないように気を使うUNO。いわく『娘の世界では「神田うの」は鍵をかけてしまっておかなきゃ!』と肝に銘じているそうで、なぜかというと娘のプレスクール時代、UNOはどうしても納得できないことがあり大勢の保護者がいる前で園長先生に進言したのだという。すると園長はワナワナ屈辱に震え、周囲のママ友たちはドン引きし、UNOは実母から「娘の足を引っ張るようなことをするな!」と、こっぴどく叱られた。そしてUNOは誓った。『娘の世界では、私は「神田うの」ではなく、「こうのちゃんのママ」に徹し、前に出ないように、出ないようにしています』。

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