神田うのが力説する「『母親』は目立たず、前に出ず!」の従順規範

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母親は先生を立てるもの

 実はその「園長先生ワナワナ事件」については、本書の元となった「25ans」(ハースト婦人画報社)の連載コラムで詳しく書かれており、その雑誌発売当時も物議を醸したが、今回の本でもUNOは持論をガンガン展開。とことん【働いていても、お母さんは、お母さんらしい振る舞いを!】と啓蒙に務めている。そう、UNOは「女性が働く」ことに大賛成で(本人が仕事大好きであるためだろうが)、別の項では「夫と財布は別のほうがいい」とすすめているのだが、こと「母として」になると……。子供の世界の登場人物、すなわちお稽古や学校の先生、ママ友らと接するときは、必ず「仕事をしている時とは別の顔」で対応すべきだと力説している。そうしなければ子供が“浮いて”しまい、イヤな思いをするのだから、と。

「子供とお母さんと先生との三者面談で、つい仕事のクセが出て、メモを取りながら先生の話を聞いてしまった、おっとりしている先生の進行がもどかしくてたまらず、ついには自分が会話を仕切ってしまった……」
「『先生は絶対』というお母さんが大部分を占める中で、先生を差し置いてその場を仕切ったり、納得いかないことなどを先生に対等に伝えるワーキングマザーが『面倒な人』と思われて、モンスターペアレンツのレッテルを貼られている場合もあるんじゃないのかな」
「(子供が嫌な思いをしないように)母親は、子供の学校では、目立たず、奥ゆかしく、先生を立て……というのが正解のようです!」

 うーん……。UNOやUNO周辺の保護者たちは、「先生は絶対」であり、保護者と教員が対等な関係を結ぶことはありえない、と考えているんだろうか? それが子供のための「正解」だと思い込むのは危険なのでは……。一般からは、我流を貫く奔放タイプと見られているであろうUNOでも、こと育児となると、目立たず奥ゆかしく他人を(たとえ納得いかないことがあっても)立てるルールに従わざるを得ないのか。そんな学校環境やママルールって、異常ではないのだろうか。UNOならばたとえ子供が浮いても「あなたはあなた!」と激励し、我が道を歩ませることが出来そうだが。いずれにしろ、神田うのともあろうものが、母親規範に則られて、他のママタレと大差ない「良いママ」アピールに終始している現状にはママ界の闇を見せつけられた気分だ。
(ブログウォッチャー京子)

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