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男は妻を「母」にし侮辱するが、真の「母」を侮辱することはできない/二村ヒトシ×林永子『日本人とセックスの解体』

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褒められたい男のための恋愛システム

二村 湯山玲子さんもお父さん大好きなんだけど、湯山さんは、お父さん大好きでありながら、ちょっと批判的なところもあって、それがいいんだよね。

 距離感がちゃんとある?

二村 お父さんとお母さんの関係を見てて。お父さんの弱みを、ちゃんと湯山さん、娘っこの頃から見ていたんだと。あのー、湯山さんの言う「父の弱み」が、僕の弱みとシンクロしてたんですけどね。湯山さんのお父さんも僕も、すごく褒めて欲しい。つまり「チンコが立派だね」って言って欲しいんですよ男は(笑)。っていうことを、湯山さんのお母さんも子供のころの湯山さんも、わかっていた。湯山さんのお父さんは作曲家ですから、もちろん象徴としてのチンコ(笑)、仕事の業績とかのことですよ。
で、それを褒めてあげられる女性がモテるというのが、どうやら時代遅れらしく、にもかかわらず今も世の中に残っている。お父さんのことは「しょうがねーなー」と思っていた湯山さんも、お父さんを愛しすぎてる林さんも、そのシステムには怒っておられる。「チンコを褒める」すなわち「男を立てる」っていうことですよね。

 そうですね。そこに寄り添ってく(=男を褒める、立てる)女性がやっぱりモテるとかいう話で。

二村 一般的にモテるかモテないかに、すごく関係ある。

 思春期の頃、「モテるモテない」とかようやく気にし始めたとき、いわゆる「モテる女」って、二村さんも本の中に書かれてらっしゃいましたけど、自分の意見を言わないとか主張しないとか従順で可愛らしい存在である、とされていることを知りました。で、私はそれが「モテる女」なんだったら、別に自分はモテなくていい。っていうか、モテる女=人でなしじゃないか、って思ったんですね。「そんな女、人間といえなくないか?」っていう。それをずっと怒りとして持っていて。「モテる女になるくらいだったら、人間の方がいい」みたいな。人間でいたいので、モテとか大丈夫です、と。

二村 でもさ、永子さんみたいに「自分は“モテる女”じゃなくて“一人の人間”だ」っていうことをちゃんとやってると、ちゃんと「モテるべき人」にモテ始めるよね。たくさんの人にモテる必要ないもんね。

 そうなんです。自分が認めて欲しい方に、ちゃんと認めてもらえるので、「人間である」と主張することはすごい良いと思うんですよね。モテることで良い思いしたいとか、セックスを市場原理で語る場合、自分を高く売りたいとか、そういったことを考えない。余計なバイアスのかかってない状態で、ちゃんと人と人間同士の愛情を確認し合えるっていうことは、結構幸福なことだと思うんですよね。

二村 モテて良い思いしたいとか、自分を高値で売りたいとか、さもしい。まぁ、僕も本当に毎日「ああ俺はさもしいな」と反省することの連続なんですけど。さもしい自分って、本当に良くないよね。ちゃんと対話出来ないよね、相手とね。

 そう、会話してても、ちゃんと「対話」していないように思うことがある。こう言えばモテるだろうとか、こう言えばこの人に気に入られるんじゃないかって予想して、好かれるための発言に終始する人っているじゃないですか。そういう言葉は空疎。結局、君は何が言いたいのかな、君の言葉はどこにあるのかなってことですよね。気づく人は気づく、その空疎に。で、私は、誰に嫌われてもいいから、自分の言葉をどんどん出していった方がいいという信念で、超自分推しの本を書いちゃったんですけど。

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