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男は妻を「母」にし侮辱するが、真の「母」を侮辱することはできない/二村ヒトシ×林永子『日本人とセックスの解体』

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カップルは原家族の「やり直し」

二村 永子さんはご自分の矛盾を見つめて暴くという、苦しい思いをしてこの本を書かれて。僕も『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』の信田さよ子さんとの対談で、僕自身が<菩薩か女神のような理想的な女性像>を生身の女性に投影していることに気付かされて苦しくなったんだけど、そういう作業を一回やって自分の嘘をわかるようになると、他人の嘘もわかるようになります。
というわけで、今日は、どっちの話をしますかね。広い話をするか、こうやって個人的な話をしていったほうがいいのか、まったく打ち合わせをしてないんですけど。永子さんは、どう思われます? 広めの話だと、これからの日本の男女って、幸せになったり、恋愛、政府が言ってるような少子化対策とか家族愛の奨励みたいなたわごとも含めて、はたして男女関係において希望はあるんでしょうか?

 男女のパートナーのあり方が、たとえばフランスのように、結婚しなくても出産数が増えるような方法論を浸透させるとかすれば、変わるのかもしれません。陳腐な言い方になっちゃうけど、多様性というか、日本の「男と女の結婚」という型以外にも、もっともっと色んな人たちの色んな相性・やり方があると思うんで。
私が子供の頃って、「こうすれば幸せになる」っていう型があったと思うんですよ確かに。女だって、誰か男に愛されて従順にやってけば裕福な暮らしが出来たりとか、こうすれば得するって方法論があったと思うんですけど。それは時代ですよね。今はもう、その方法で幸せになれるわけじゃないし、必ずしもそうやってきた親世代が幸せだったかというと違うってこともわかってきて、結局一人一人が、自分の答えを自分で作んなきゃいけない時代だと。
本にも書きましたけど、私は「型」にはまりたくないから結婚も出産もしないと決めていたんですが、今後また誰かを好きになったとしたら自己完結せず、その彼と二人の正解を作っていく、っていうことをこれからは目標にしていかないといけない。それは他の誰とも違う自分たちだけの方法であってもかまわない。私は恋愛の高揚が生活によって失われるのが嫌だし、今でも結婚に何のメリットも感じないので全然したくないんですけど、あまりにもしたくなさ過ぎて全力で拒否してきたんだけど、もしかしたら未知の誰かと私だけが気持ちいい結婚っていうものを……。

二村 うん。あり得るかもしれないよね。

 話し合ったら、もしかしたら見つけられるかもしれないから。そういったことには前向きになっていこう、私自身やってこうと思ってますし。多くの皆さんが、個人的な解決を模索して行くんであれば、男女の幸せなあり方っていうのは、皆さん開発出来るんじゃないんですか、って、ひとつ思うんです。

二村 僕も「自分の欲望を知ってないといけない」と、この本(『すべてはモテるためである』)でも散々言ってるんですけど。どんな人と、どんなセックスがしたいかってことから始まって、それこそ「結婚には意味がない」みたいな、私はこういう主義です、ってことを自ら把握しておく。なおかつ、そんな自分とひとときを一緒に過ごしてくれた他人に対して、ただその主義主張を押しつけて強要して私は絶対変わりませんっていうんじゃなくて、相手にも相手の「こうしたい」っていうのがあるんだと知っていく。そのふたつが交わったときに、いくらでも自分って変われるってことですよね。

 対話して変化していくんですよね。実は2月に、フランスの映画監督であるギャスパー・ノエさんにインタビューさせていただいたんですが。

二村 あ、僕も観ましたよ『LOVE【3D】』。

(■極めてプライベートなラブストーリー、セックスのエモーション、愛の終わり、後悔だらけの現在地。/ギャスパー・ノエ『LOVE 3D』)

 監督が日本の男女について「変だね」と言ってたことが、すごい当たり前のことなんですけど、慧眼だと思いました。日本人は、男女のパートナーで問題点を話し合わない人が多いよね、と。何か恋人同士の問題、夫婦間の問題が生じたとき、男は男同士で、女は女同士で喋る。あるいは、男はどうするっていう本を読んだりとか、女はどうするっていうセミナー行ったりとかする、と。そこは直接、当事者同士が喋るべきなんじゃない? って。すごく当然のことなんだけど、忘れてたかもしれないって気付かされました。

二村 それってギャスパーさんは日本の事情をけっこう知ってたってこと? 日本通なの?

 彼はそんなに訪日回数も多くないし、「僕が知ってる限りの日本の人たちを観察しただけだけど」っていう前置きで、そうおっしゃったんですけど。ギャスパーさんいわく、日本は海外から見ると「性に明るい国」なんですって。電車の中でエッチな図画の載ってる週刊誌やマンガや新聞を読んでる人たちまでいて、こんなにオープンなのに、なんで男と女が直接セックスや関係性について話し合わないのか非常に疑問だよ、と。すごく簡単なようでいて、今、一番男女に必要な観点かもしれない、って思ったんです。

二村 「付き合ってる当事者同士がちゃんと話し合わない」という問題だよね。

 そうなんです。で、話し合ってもいないのに、駄目だからじゃあ次行けばいいや、みたいなこともあるんだろうし。何か、自分自身もそういうところはあった。振り返ってすごい虚無感を感じて、これは私自身がこれから気をつけていかなきゃいけないことだよな、って本当に思ったんですよね。
たとえばパートナー間でのセックスレスについても、男女で話し合えない。私はマンガ雑誌「モーニング」(講談社)を毎週読んでるんですけど、今『カバチタレ!』シリーズの最新作『カバチ!!!』が連載されていて、夫婦のセックス事情に行政書士が切り込む新章が始まってるんですね。で、色々なケースの夫婦が描かれていく。毎日旦那が嫁に迫るんだけど嫁が嫌がってたりとか、嫁が嫌がるから風俗行ったら風俗行くなって言われてどうしたらいいんだ、とか。ずっとオナニーばっかりしてて嫁を抱かない男とか。で、先週のラストで、次からこの人の話が始まるんだろうなって匂わせてたのが、奥さんが子供を産んで母になって家族になってから、近親相姦になっちゃうからセックスをしない、という男なんですよ。で、これは非常にタイムリーなんで、そのへんどう思いますか? というのも今日、messyの記事見てたら、ガンダム芸人の若井おさむという人が……。

二村 あ、それも読んだわ。わりと最近の記事ですよね。

(■妻が娘のように見えて離婚。EDも告白したガンダム芸人・若井おさむの今)

 離婚したことをバラエティ番組で話してたんだけど、彼は奥さんのことを「娘にしか見えなくなっちゃった」と。だから、もう夫婦関係が保てないから離婚した、って。「妻」なのに、母に見えたり、娘に見えたり。二村さんの『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』でも書かれてますけど、大人になって結婚して自分の家族を持つというときに、「原家族をやり直す」人たちがいますよね。自分が子供の頃に育った家族のやり直しをしている。そのやり直しの型にハマってるから、近親相姦的になるんじゃないかなっていうことを、ちょっと思ったりしたんですよね。そのあたりいかがですか?

二村 付き合いはじめのカップルって、お互いに優しくて何でもやってあげちゃう。そこで男は「ああ、本当はお母ちゃんにこういうふうに優しくされたかった、愛されたかった」、女性であれば「こういうお父さんに愛されたかった」っていうのがあるから最初は燃えるんだけど。長くなってくるとそのうち、それが続かなくなってくわけですよね、理想の親とのやり直しが。

 私はやり直さなくていいじゃないか、と思ってる。終わってるから、パパと私の関係は。なんでそれを、他人で代替えしないといけないのか、っていうのが、ひとつわからないところではありますね。

二村 いやー、まったく、おっしゃるとおりです。しかし多くの家庭の父と娘、母と息子はさ、永子さんとお父さんほど、みっちり濃密な関係を“やり尽くして”いないからなんだろうね。でもこれ、日本人に特有のことなんですかね? 西欧の人は親との関係をやり直すっていうことは、無いんですかね?

 どうでしょうね? そこはちょっとわからないところ、これから掘っていきたいところですけど。

二村 外人と付き合ったことないの?

 ないですね。

二村 俺もないからわからないんだけど、それって西欧もだけど、他のアジア諸国と比べてもさ、日本独特のことなんですかね? ギャスパー・ノエ監督のおっしゃるように「日本は性に明るい国」で、AVと風俗と不倫がこれだけ発達してラブホテルがこんなに建っている国はおそらく他にない。で、中国はどんどん日本を追い越す景気の良さになって、同じような東洋人の血があるから日本みたいなエロ文化が発達していくんでしょうか? それとも中国はむしろ西欧社会のようになっていくのか? 日本と韓国って、儒教思想とキリスト教思想の半端な混ざり方でこういう社会観になってる、ってよく言われるじゃないですか。特に性モラルの面で。AV監督の自慢みたいで申し訳ないですけど、日本のセクシーなコンテンツって本当に凄いわけですよ、外国の人がビックリするレベルの物が、AVからアニメまで。まあアニメでは大っぴらに表現されるわけではないけれど。

 本当に。ギャスパーさんが一番笑ってたのが、電車の中でサラリーマンとかがエロ本みたいなマンガ読んでんじゃんって。ですよね、って。なんか、私たちも知らずに受容してるというか、受け止めちゃってますよね、そういうコンテンツが日常的に目に触れることを。

二村 まぁパートナーとの関係がインポだから、そういうコンテンツや性風俗にリビドーが出てくるのは当たり前なんだけど。でもさ、日本人に「男女でちゃんとセックスについても話し合うべきだ」と言っても、「僕はこれに興奮するんだ」って恥ずかしくて話せないよね、しかもお母ちゃんとは(笑)。妻をお母ちゃんとして見ちゃってるんだから。

 そうかもしれないです。恥ずかしさ、ありますね。

二村 奥さんのことを「ママ」とか、旦那のことを「お父さん」とか「パパ」って呼ぶ文化、あれ、そもそも日本以外の国にはあるのかしら?

 話が違う方向に変わってしまいますけど、女性が出産することで夫にとって「お母ちゃん」になるとして、同時によその人からも「○○ちゃんママ」とか呼ばれちゃうわけじゃないですか。これ信じられないんですけど、私。

二村 ママ友ね。一個人としての名前がないっていうことでしょ? 誰かの誰か、っていう呼ばれかた。そういう部分って皆さんあると思うんだけど、そういうモヤモヤする自分の頭の中身をさ、ドブさらいっていうか、永子さんの言う「解体」、大掃除みたいなことって、いやー、みんなするべきなんだけど、大変だよね。

 大変だし、何で大変かって言うと、ものすごい時間を食うし忍耐を要する面倒な作業ですよね。迅速にシステマティックに解決することは出来ないわけですよ。私もこういう本を書かせてもらって改めて思ったんだけど、自分と向き合うってものすごい面倒くさいんですよね。もう、ゴミ屋敷を全部一回綺麗にするくらいの労力がいるわけなんです。だったら捨てて、頭からっぽにして新しい場所に引っ越しちゃえばいい、ってくらい。
でもなんか、悲しくなっちゃうんですよね。人間なんだから、もっと出来るだろう、って。もっと人間を信じてくれ、っていうか、もうちょっと、即物的な解決ばっかりじゃなくって、もうちょっと、自分にも他人にも向き合うってことをしないとね。

二村 誰かと恋人や夫婦になっても、対話をするのはつらいことだから、すれちがいが生じたらカップルを解消して次行こうと。まぁ、そうなっちゃうんだよなぁ。でも良い離婚をしている夫婦もあってさ、ちゃんとお互いの中身を抉り合って確認したうえで、お互い変化できたね、ああもうこれ以上一緒にいる意味ないね、って互いに納得して別れたら、戦った意味があるんじゃないか。そこをちゃんとやらないで、ただ逃げるように別れると、また次の人のところで同じことやってしまうことになる。

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