社会

「米軍向けの性風俗を」発言は「一般女性を守るために風俗嬢を利用する」ことと同義 なぜいつも女性が犠牲になるのか

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そもそも、民間の女性をレイプ・殺害するような男性は、米軍であれ、日本人であれ、異常な暴力性を持っている人間です。そんなものは性欲ではありません。そのような暴力性を持つ者が性風俗サービスを利用したら、きっとサービス提供者の女性たちに暴力をふるいます。そうなったとき、彼女たちは商売女だから国家権力が守る必要はない、となるのでしょうか? 橋下氏の感覚では、守る必要はないのでしょう。何しろ、無垢な乙女を守るための肉体の門として、性風俗店の女性が存在していると思っているのですから。

私たちは「民族意識」「国家意識」にとらわれて生活しています。沖縄の人であれば、「日本人」としての意識と、「沖縄人」としての意識の両方を持っている人、どちらかを持っている人、どちらとも違う意識を持っている人などがいることでしょう。もちろん、国家や民族を意識しない人もいるはずです。しかし、戦争や軍隊といった、国家権力、国家の威信、日本対アメリカ、日本政府対沖縄県という対立構図が持ち込まれることによって、私たちは自己や他者に対して「日本人」「沖縄県民」などの望ましい姿を思い描いてしまいます。たとえば、米軍にレイプされる純真無垢な日本人(沖縄人)というイメージです。

このような描き分けは、対立構造の視点が変化することでイメージも変わっていきます。例えば、日本政府対沖縄県という対立構造になれば、沖縄県の性風俗店で遊ぶ内地の男性は「沖縄県民の女たちを凌辱する内地の男たち」に、性風俗店で働く女性は「内地の男たちから沖縄の純真無垢な乙女を守るための肉体の門」と、変化するのです。

純真無垢な乙女ではなく、性風俗サービスで働く女性であれば、相手が本土の人間であれ、米軍であれ、本当はレイプされていても、それを訴えることもできません。「私たちの純真無垢な乙女」「敵の男」という構造の裏では、「純真無垢な乙女」「売春婦」と女を描き分けることが常に行われているのです。

皮肉なことに、韓国では日本軍従軍慰安婦の存在が、軍隊による性暴力の問題や女を描き分けることに対する民衆の感度を高め、軍隊相手の性売買に国家権力が介入すること、個人の性が国家や「無垢な女性を守るため」に利用されることの暴力性について、女性たちが自ら声を上げる状況を整え、元「米軍慰安婦」による裁判が起きたといえるかもしれません。

私が今回の事件を見ていて感じるのは、単純に日米安保条約の是非、米軍の暴力性、日本政府の沖縄に対する搾取・欺瞞といったありきたりな議論ではなく、もっと「なぜいつも女が犠牲になるのか」「なぜ女が犠牲になると、ほかの女を犠牲にすればいいという議論が出るのか」ということを考えることの重要性です。こうした根本的な議論をせずに表面的に取り繕うだけでは、日本政府とアメリカ政府がどんなに防止策がどうのこうの、返還やら移転がどうのこうのと言っても、いつまでたっても同じような事件が起こるでしょう。

次回は、世界の米軍基地をめぐる問題について、書きたいと思います。

【参考】
玉城福子、2011年、『沖縄戦の犠牲者をめぐる共感共苦(コンパッション)の境界線 : 自治体史誌における「慰安婦」と「慰安所」の記述に着目して』
米山リサ、2006年、「二つの廃墟を越えて—広島、世界貿易センター、日本軍『慰安所』をめぐる記憶のポリティクス」富山一郎編『記憶が語り始める』東京大学出版会
上野千鶴子、1998年、『ナショナリズムとジェンダー』
Cho, Grace (2008). Haunting the Korean Diaspora: Shame, Secrecy, and the Forgotten War.
Lee, Jun-Kyung, Clough, Patricia, 2007, The Affective Turn: Theorizing the Social.
이영훈、New Daily、2009年、『그날 나는 왜 그렇게 말하였던가』
여성신문、2016年5月15日、『파주에 미군 위안부 보건증 소지자 4천명 넘어…국가가 관리』
OhmyNews、2015年10月21日、『미군 성접대가 애국” 정부가 ‘위안부’ 부추겼다』

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