吉野朔実が残した他者との戦い方 ひとつになれなかった双子の妹が「いち抜け」する『ジュリエットの卵』

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『ジュリエットの卵』 (小学館文庫)

『ジュリエットの卵』 (小学館文庫)

虚無の美を描いた吉野朔実

 こんにちは、さにはにです。今月も漫画を通じて女性の生き方について考えるヒントを探したいと思います、よろしくお願いします。

 今回ご紹介するのは今年4月20日に57歳で逝去された吉野朔実先生の『ジュリエットの卵』です。1980年にデビューされた吉野先生は、集英社が1978年から2000年まで発行していた少女漫画誌『ぶ〜け』を中心に活躍された作家です。残念ながら2000年に実質的には廃刊となった『ぶ〜け』ですが、1988年に第12回講談社漫画賞少女部門を受賞した松苗あけみ先生の『純情クレイジーフルーツ』、1991年に第15回講談社漫画賞少女部門を受賞した逢坂みえこ先生の『永遠の野原』をはじめとした超名作が掲載されていた雑誌です。また、岩館真理子先生の『子供はなんでも知っている』や鈴木志保先生の『船を建てる』なども『ぶ〜け』に連載されおり、卓越したストーリー性や叙情性を通じて人生のありかたに接近する、奥深い作品の掲載でも知られているところかと思います。

 吉野先生は1985年から『少年は荒野をめざす』、1988年より今回取り上げる『ジュリエットの卵』を連載されていて、『ぶ〜け』の看板作家のおひとりでした。フワフワとした髪の毛や一本ずつ書き込まれたまつげなどにみられる繊細な描線とダイナミックでクールな構図、登場人物の内面を深く掘り下げる描写、そして何よりも巧みなストーリー展開は多くの読者を獲得していて、改めて説明する必要もないほどです。

 『私の男』で第138回直木賞を受賞されている小説家の桜庭一樹先生は、吉野先生の訃報に接して「その精神に現代の若者と近しい虚無の美を持ち、描き続けた漫画家だった」との評論を朝日新聞に寄せられています。吉野先生の作家性の基盤ともいえる「虚無の美」は「現代の若者と近しい」という桜庭先生の指摘は、私としても大変興味深く、かつ、共感できる部分です。朝日新聞の論考は「だからこそ『いまこのとき紐解かれ語り直されるべき現代性』に満ち、光っているのだ」との文で閉じられています。

 80年代の少女漫画である『ジュリエットの卵』で描かれている物語と現代の若者との共通点とはどのようなものなのでしょうか。いつも通り統計を用いて概観し、作品に踏み込んでいきましょう……と書いたものの、未読の方は『ジュリエットの卵』をまずは読んでいただきたいとも思います。最後の大展開に向けて細部をじわじわと積み重ねていくダイナミズムは吉野作品の大きな魅力で、先入観なく味わってこそ作品の魅力に深く接近できるようにも感じるからです。本稿では中盤までの展開にある程度言及しますので、あらかじめその点をご了承いただければと思います。

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