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皮膚を傷つけ生きていく――自傷は「狂言」で、取るに足らないことなのか

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自傷は孤独な作業

――たとえば、「かまってほしいから自傷するんでしょ?」と聞かれたら先生はどう答えますか。

松本:自傷は狂言自殺のようなものだと考えている人は多いでしょうね。たしかに、我々が気付くことのできる自傷は、人に見られることを意識してやっているものが多いと言えます。だからこそ他人が気付ける。しかし、自傷の大部分は隠れて行うものです。他者を意識するのではなく、人の助けを借りずに孤独に対処しようとするのが自傷の本質ですから。

でも、だんだんと、エスカレートしてしまい、そのうち、服で隠れない場所をうっかり切ってしまったり、深く切りすぎて出血が多くなってしまうことがあるんですね。自傷をみると、他者はびっくりしますよね。でも、その様子に本人もびっくりするんです。「私はいてもいなくてもいいような透明人間だと思っていたのに、こんなにも人にインパクトや影響を与えることができるんだ」と。本当は消えてしまいたいと思っている子たちにとって、これは大きな体験です。そこから、自分の存在を確認するために、他者の反応を意識する自傷に変化してしまう人もいます。

――見える自傷は氷山の一角で、見えない自傷が沢山隠れているんですね。自傷の本質はこっそりするものだと。

松本:もちろん、「他の人もやっているから自分もやってみよう」という動機の人もいます。でも、そういう人は、我々精神科医が関わるとすぐに自傷が止まりますし、自分のつらいことをちゃんと次の面接から言えるようになるんです。わりと治療が簡単なことが多いのです。

ですが、苦しいことがあるたびに、心にふたをするように自傷をしてきた人たちは、なにに困っているのかをしゃべることができません。本人が自覚していないこともあります。彼らは怒りなどの強烈な感情に襲われそうになると、それを自覚する以前に皮膚を切っています。だから「なんで切るの?」と聞いても「暇だから」という答えが返ってきて、本人も本気でそう思っていたりするんです。その意味で、自傷する人が切っているのは皮膚だけではないともいえます。彼らは皮膚を切るのと同時に、つらい出来事やつらい感情の記憶を意識のなかで切り離しているのです。

たとえば、虐待を受けてきた子などは、怒りを表明することによって、親の攻撃性を引き出す可能性があるので、感情を隠すようになります。そうすると、ちょっとしたことで怒りを覚えた時に、芋づる式に過去に隠してきた怒りがでてきて大暴れになってしまう。だから、他の強い刺激で気をそらせることが必要になってくるのです。

「やめなさい」じゃ止まらない

――自傷をしている人が周りにいると、やはり自分もつらいですし、ついつい「やめてほしい」と言ってしまうと思います。でも、自傷を「やめなさい」と言うことは果たして、その人のためになるのでしょうか?

松本:「自傷をやめなさい」と言われるだけでやめられるなら、とっくにやめています。心の痛みを和らげるためにその方法しか知らないから自傷をしているのです。だから、やめさせたいのであれば、そもそもの心の痛みを抑える必要があります。でも、その方法は誰にも教えられません。我々精神科医だってそう簡単にはその痛みを抑えてはあげられない。

医者は精神安定剤を出すことはできますが、飲んだからといって自傷するほどの心の痛みを瞬時に抑えることはできません。同じように痛みを和らげようとすると、処方された睡眠薬や安定剤をまとめ飲みしてしまう。そっちの方がより重大な事故を起こすかもしれません。

さらに、「やめよう」なんて、達成できないことを言われると、次からは相談に来なくなったり、自傷することを隠すようになります。大事なことは「なんらかの生きづらさがあるから自傷している」ということです。そこを無視して「切っちゃだめ」と言われると、援助は始まりません。仮に「やめなさい」と言って、やめたようにみえても、歯を食いしばって我慢をしているか、嘘をついている可能性が高いので、なんの支援にもならないんです。

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