「自傷する女性を救うのは異性ではない」。精神科医師の実感

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自傷が学校に閉じ込められる

――学校で生徒の自傷を止めようとする動きが出てきたことはあるのでしょうか。

松本:あまりないです。統計を取ると、同じ学年でもクラスごとに人数の偏りがあることがわかります。つまり、クラス内で伝染している。自傷や自殺のようなグロテスクな行動は伝染しやすいんですね。だから、伝染を防ぐために、自傷を学校は隠すようになります。

学校の先生の中でも、とりわけ保健室の先生には問題意識を持っている方が多いです。ですが、大人に相談できる子どもはわずかです。我々は1割ほど自傷しているという統計を持っていますが、保健室の先生や教師が把握している数は、中学生だと0.3%、高校生だと0.38%。つまり、30分の1の生徒しか学校の先生にアクセスできていません。

多くの養護の先生は相談してきてくれた子たちの傷の手当てだけではなく、時間をとって面談もするようにしています。ただ養護の先生の中にも葛藤があるようです。他の先生から「いまここで甘やかしても学校を出たら厳しい世の中があるから」と言われることがあるそうです。でも、その子たちには、つらいときに人に助けを求めることを断念した歴史がある。養護の先生に話し相手になってもらうことで、人に対する信頼感を取り戻す練習をしているわけです。中学でそういう体験ができたら高校に進学したときも、一人で抱え込まずに保健室やスクールカウンセラーに相談してみようかという気持ちになれるかもしれません。そうした機会が奪われてしまうのは望ましくありません。

ただ、学校空間では養護の先生やスクールカウンセラーはメインストリームではありません。学校は勉強するためのもので、病院や福祉施設ではないという考え方が主流です。一理あるのかもしれませんが、地域がなくなって核家族が主流になっている現在、家庭の中でドンづまってしまった子どもたちは、親戚のおじさんや近所の人たちに助けを求められません。

養護の先生は500人の学校に1人配属される程度です。ですが、自傷経験者は学校内に1割いて、そのうちの58%は10回以上やったことがあります。つまり全校生徒が500人いるとしたら、学校には50人の自傷経験者がいて、30人は10回以上切ったことがあるということになります。それを養護の先生が1人で継続的で見られるのかと言うと……医者でも匙を投げたいほどですよ(笑)。そう思うと、0.3%という学校保健のデータが独り歩きしているのも問題でしょうね。

――先生の調査と対策に齟齬があるのはなぜでしょうか。

松本:やはり、文科省で調査して出てきたデータではないので、信じてもらえない部分があります。いまは少しずつ改善しているのを感じていますが。

一つ懸念しているのは、発達障害の方に学校現場の注目が流れてしまっていることです。もちろん大切な概念ですが、普通と違う子がいるとなんでも「発達障害」にしてしまうのは問題ですよね。ちょっとしたことで解離しやすかったり、思考が混乱して感情のコントロールが効かずに切ってしまう子にも「発達障害」という個人の病理の問題にすることで、その奥にある家庭のトラブルやいじめなどを見逃してしまうのは怖い。生きづらさを個人の病理に押し付けているわけです。

「助けて」と言える大人が必要

――自傷をしていて、やめたいと思ったときに、自分が取れる方法としてどのようなものがありますか。

松本:まずは相談してください……と言いたいのですが悩ましいです。というのも、相談する人を間違えてしまうと、「そんなバカなことはやめなさい!」と頭ごなしに叱責されてしまうかもしれないからです。自傷している子どもは、大人に失望しています。96%が大人に相談しません。35%が友達に相談しているんです。友達が一番のゲートキーパーなんですね。

相談された友人の対応には2パターンあります。1つは「秘密にするから、自傷しないと約束して」と言うもの。でも、「やめろ」といってもやめられるものではないので、また自傷してしまいます。そういうことを繰り返していくと、「どうして約束を守ってくれないの!?」と友達が怒りだして、ますます自傷せざるを得なくなります。

もう一つは、「切りたくなったら私に連絡して」と友達が言うことです。夜中にLINEがきて、最初は親身に対応するけれど、眠っていて気づかない夜があると「あなたが無視するから切った」と写真が送られたりする。友達もだんだん疲れてきて、自分を責めるようになり、自傷をはじめてしまうこともある。

大事なのは、友達が信頼できる大人につなげることです。信頼できる大人の条件は、自傷がいいか悪いかの善悪の価値判断をいったん保留してくれる人。裁判官みたいじゃない人がいいですね。それがなかなか難しいのですが……。普通の教科の先生よりは養護の先生や、スクールカウンセラーの先生の方がいいかもしれません。

もう一つは、その大人が孤立していないことです。大人であっても専門家に相談できずに自分でどうにかしようとするとドツボに入ってしまいます。自傷している子どもは「助けて」と言えません。支える大人が「助けて」と言える人でないといけないんです。

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