セレブの「フェミニスト宣言」ブーム クールでポップなフェミニズムはいつまで続く?

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さて、ここまで昨今のフェミニズム・ブームに関して、クールなアイデンティティとしてのフェミニズムがセレブを中心に受け入れられた側面についての、アンディ・ゼイスラーによる批判的な議論を取り上げてきた。もちろんゼイスラーも「マーケットプレイス・フェミニズム」がまったく役に立たないと言っているわけでない。フェミニズムを取り巻くマスコミ報道の勢いは長くは続かないだろうが、それは、セレブを通してフェミニズムに触れた人々(あるいはまたフェミニズムを一度まとったセレブ自身)が関心を失うだろう、ということを意味するわけではないと述べている。

また、今回のフェミニズムを語る盛り上がりを構成しているのは、セレブについてのおしゃべりだけではないだろう。ゼイスラーも、このブームの中でフェミニズムはアメリカの文化のあらゆる側面に食い込んだとも指摘している。フェミニスト的な考え、フェミニズム的視点から様々な物事を語り、批評する言葉が、メインストリームのメディアの中でも見られるようになってきたのだ。この動きについては稿を改めて書く予定だ。フェミニズム的な物の見方が、SNSなども含めて広くメインストリームで目につくようになったのは、このブーム以前から、そのような考えを育んできたフェミニストたちによる活動が存在してきたからだ。その存在が今回のブームを引き起こす土台となったのではないか、ともゼイスラーは述べており、この点についても続編で触れるつもりである。
(福島淳)

参考文献・註
今回紹介したアンディ・ゼイスラーのよる議論については、ゼイスラーの著作『We Were Feminists Once: From Riot Grrrl to CoverGirl®, the Buying and Selling of a Political Movement』(主に序章と第5章「Our Beyoncés, Ourselves: Celebrity Feminism」)と、Ann Friedmanによる同書の書評「Pop Feminism Isn’t the End of the Movement」、『Broadly』に掲載されたゼイスラーのインタビュー「Is Mainstream Feminism Bad for Women’s Rights?」、『Page Six』の記事「Hollywood’s feminism phase isn’t going to last」に寄せた短いコメントを参照した。なお、同書第5章については、こちらでその抜粋を読むことができる。

今回の記事では、ゼイスラーのこの著作から、セレブの関わるブームについての分析の部分を紹介したが、本全体に関してはかなり辛口の書評も出ている。『The New York Times』に掲載されたJennifer Seniorによる書評は、この著作がポップカルチャーとメディアを批評するものだと理解していると断った上で、それでもゼイスラー自身が「マーケットプレイス・フェミニズム」の盛り上がりに比して取り組みが進んでいないとした、フェミニズム運動の実際的な活動についてもっと扱うべきだった(そのような内容の本であったら同じように売れるかは神のみぞ知る、だが)と手厳しい。ここら辺は、「フェミニズム運動の実際的な活動」にどのようなものを含めるか、また、ポップカルチャーのフェミニスト的視点からの批評というようなものをどう評価するかは、フェミニストの中にも色んな立場がある、ということかもしれない。

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