
先生、よろしくお願いします!
男性性にまつわる研究をされている様々な先生に教えを乞いながら、我々男子の課題や問題点について自己省察を交えて考えていく当連載。1人目の先生としてお招きしたのは、長年「男子の性教育」の問題に携わり、『男性解体新書』『男子の性教育』(いずれも大修館書店)などの著書を持つ元一橋大学非常勤講師の村瀬幸浩さんです。
「愛し合って結婚したはずなのに、なぜうまくいかないんだろう?」
清田代表(以下、清田) 前編〈「勃起と射精」に拘泥する男の“性欲”と、ニッポンの「性教育」〉では、男の性欲というものをテーマにお話をうかがいました。正しい知識がないまま俗流の性情報にまみれてしまうと、誤解や偏見に満ちた性意識を形成してしまう。また、「性欲」の捉え方が狭くなり、「射精したい」と「触れ合いたい」の区別ができないまま育ってしまう──。そんな話が印象的でした。
村瀬幸浩先生(以下、村瀬) そうですね。性欲というのは本能ではなく文化です。だからこそ、きちんとした性教育が大事になってくるわけです。
清田 先生はこれまで、射精や月経の科学的な仕組み、セルフプレジャーの意義、親密な関係の築き方、性暴力やジェンダー意識に関するリテラシー、性の多様性についてなど、幅広い観点から性教育に取り組まれてきました。先生が性教育を始めたのは1970年代だそうですが、そんな時代に男性教諭が積極的に性教育を行うだなんて、想像するに相当珍しかったんじゃないかと思います。
村瀬 1971年から授業を始めて、最初の著作が1974年だったかな。男女雇用機会均等法すらなく、今よりずっと男女の差も大きかった時代ですね。
清田 そんなときに、なぜ先生は性教育という問題に取り組むようになったんですか?
村瀬 よく不思議がられるんだけど、これは個人的な体験に根ざしています。というのも、僕自身、清田さんと同じく中高6年間男子校で、8人きょうだい中6人が男という、いわば男だらけの環境で育ったんですね。それで大学生のときに今の妻と出会い、社会人になってからすぐ結婚したわけですが、夫婦として一緒に暮らすようになっていろいろすれ違いが生じるようになってしまった。
清田 どんなすれ違いが?
村瀬 例えば妻は月経がつらいタイプの女性でね、僕らは共働きだったんだけど、仕事が大変なときと月経が重なったときなんか、妻はもう青ざめた顔して帰ってくるわけです。ひどいときは、そのまま立ち上がれないような状態のときもあって。
清田 それは大変ですね……。
村瀬 でも、僕は性教育なんてまったく受けたことなかったので、女性の月経もよく知らないような状態でした。それで、妻がどんな状態にあるのか正しく理解できず、内心で「家事をやるのが億劫だから仮病使ってんじゃないか?」とか思っていたわけです。また、女性の性的欲求に関する知識もまるでなかったので、妻の気分なんて考えずに性交を要求し、拒否されてムッとしちゃうこともしばしばあって。
清田 同じ男性としては、何だか耳の痛い話です。
村瀬 「愛し合って結婚したはずなのに、何でうまくいかないんだろう?」って考えたとき、性の問題に関する無知が大きな要因になっていることにようやく気づいたんです。それで妻に謝って、「互いの性について一緒に勉強しませんか」と提案した。妻もずっと女子校育ちで、男の性に関しては無知だったということもあって、ともに学びましょうと言ってくれたんです。
清田 めっちゃいい話ですね! その状態から「夫婦で向き合おう」という形になれたのは、ホントにすごいことだと思います。
村瀬 僕は共学の高校で保健体育を教えていたんだけど、当時は性教育なんてほとんどなかったし、教師にそれを教える力もなかった。でも、自分のプライベートな経験から考えても、「これは若いうちに勉強しておいた方がいい問題だな」と痛感。それで自分自身でも学びながら、保健の授業で少しずつ性教育をやるようになったというのがそもそものきっかけです。