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「レイプもセックスだと思ってた」…まともに教えず、男を誤解させる自民党の政治的性教育

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性教育の普及と、ゼロ年代に起こった自民党からのバッシング

清田 桃山商事では過去に数回、恋人の子どもを中絶し、そのことで深く傷ついている女性から相談を受けたことがあります。彼女たちが最も傷ついていたのは、彼氏の“他人事感”でした。望まない妊娠をさせてしまったことに申し訳なさを感じているのは確かだけど、中絶費用を負担し、彼女の手術が無事に済めば、それで一件落着だと思っているようだ──。女性たちは彼氏の態度からそういった他人事感を感じ取り、深く傷ついていました。

村瀬 それはひどい話だけど、よくありそうだね。

清田 中には手術が終わるやいなや別れを告げてきて、「責任は果たした。これ以上求められても困る」なんて言ってきた彼氏もいたようで……。本当にクソ野郎なんですが、その一方で、恋人が身体的に経験した出来事を具体的にイメージすることができず、だから彼らはあんな酷いことが言えたのではないかと思いました。

村瀬 もちろん許されることじゃないけど、無知ゆえにリアルな想像や共感ができなかったという側面もあるだろうね。

清田 こういった悲劇を未然に防ぐためにも性教育は本当に大事だなと感じます。先生が学校で性教育を始めたころ、特に男子生徒の反応などはいかがでしたか?

村瀬 それが、驚くほど食いつきがよかったんですよ。「先生、もっと教えてよ!」って言われるくらい(笑)。いろいろ質問を受けて、僕も「次までに調べてくる」となって、それで徐々に性教育の時間が増えていったんです。それで何年か経ったあとに、「性と生命」「性と人権」といったテーマとともに、職員会議で性教育の時間を増やして欲しいと2年がかりで提案しました。幸い僕が勤めていた学校は私立の高校だったので、時間を確保することができた。

清田 僕も学校でそういう教育を受けてみたかったです!

村瀬 その後も順調に広がっていって、性教育の取り組みを新聞で取り上げてもらったり、書籍や講演会の依頼がきたりしました。1982年には「“人間と性”教育研究協議会」という全国的な研究団体の設立にも関わり、1989年からは一橋大学、さらに津田塾大学、東京女子大学で非常勤講師をするようになった。そして1992年には学習指導要領が改訂され、性に関する具体的な指導が盛り込まれるところまで到達したんです。

清田 1992年は“性教育元年”と呼ばれているそうですね。すごいです、まるで『プロジェクトX』のようです!

村瀬 ところがね……ご存じの人もいると思いますが、21世紀に入って以降、性教育に大きな逆風が吹き荒れるんですよ。女性の自立や性の対等・平等性などが進むことに、時の政権が危機感を覚えたんですよ。

清田 いわゆる「バックラッシュ」と呼ばれる動きですよね。

村瀬 そうです。特に今の首相である安倍晋三さんなんかは、第一次安倍政権の2005年に「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト」を設置し、性教育を激しくバッシングしました。その事務局長を務めていた山谷えり子さんとは、フジテレビの討論番組で向き合いましたが、「性なんて教える必要はない」「オシベとメシベの夢のある話をしているのがいい」「結婚してから知ればいい」などというのがその主張でした。

清田 うわっ、いかにも自民党っぽい発想ですね……。

村瀬 それで文科省の学習指導要領がまた変わっちゃって、科学的な知識としての「受精」は扱うけど、「受精に至るプロセス」は扱わないことになった。さらには「性交」という単語も削除され、「性的接触」と呼ばれ、ペニスは「陰茎」と表現されるように……。こういうことがあって日本の性教育は一気に退潮し、世界の中で“性教育後進国”となってしまったんです。

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