社会

女性議員の比率はたったの2割。女性議員比率をあらかじめ決めるクオータ制の可能性

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「クオータ制は不平等だ!」は本当?

ただし、あらかじめ男女比率を決めるクオータ制には反対意見もあります。

「女性を優遇することは、個々の候補者の平等なチャンスを奪うものである」「個々人の能力や適性ではなく性別で選ばれるのはおかしい」「投票者が自由に誰を選ぶかを決める権利が担保されておらず非民主的である」「立候補の自由があるのに立候補しないのは女性の勝手なのだから、どうせ女性は立候補しない」「立候補者について国が制限を設けるのは自由民主主義の原則に反する」などです。

ここで考えなければいけないのは「平等」には「プロセスの平等」と「結果の平等」があるという点です。

女性にも参政権が与えられており、投票する権利はもちろん、男性と同様に立候補する権利があります。しかし、女性を取り囲む社会的・生物学的条件は男性とは異なるものです。女性に求められている社会規範、生物学的な違いを考慮すれば、女性を男性と同じ土俵に立たせて競争させることは、平等な競争ではないのです。なぜならその土俵は「男性が作った政治システム」であり、そうした土俵の上に女性が立つことは「男性と同じように政治に参加し、男性のように競争する権利」でしかありません。必然的に女性は不利になります。一見すると平等なようですが、プロセスに不平等があるのです。

だからこそクオータ制を導入し、女性比率をあらかじめ決めてしまうことによって、この不平等を改善する必要があるのではないでしょうか。

民主主義は、自由に立候補する権利・投票する権利だけを意味するわけではありません。ある社会において、性別、人種、国籍、障害の有無、宗教、年齢などで社会的・政治的な不利益を被ることなく、声をあげ、生きていくことが担保されていなければ、本当に民主的な社会とは言えません。いかに政治制度として「民主的な投票制度」があって、一見民主的で平等な制度であっても、目に見えない差別の壁や、認識しづらい不平等が根っこの部分に含まれている状態を解消できなければ 、それは本当に民主的な社会ではないのです。

クオータ制の是非を巡る議論は、こうした「本当の民主主義とは何か」「本当の平等とは何か」を考える契機としても、重要なものです。

日本の政治における女性のプレゼンスの低さ、女性議員が単なるマスコット、にぎやかしに終始してしまっている状況はすぐにでも変えていく必要があります。そのための一つの方策として私たち国民はクオータ制の議論を盛り上げていく必要があります。

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