子どもを生まなきゃ、親にはなれない?三浦しをん『木暮荘物語』『まほろ駅前多田便利軒』

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左)『木暮荘物語』(祥伝社)/右)『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋)

左)『木暮荘物語』(祥伝社)/右)『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋)

「親になる」とは、いったいどういうことなのでしょうか。異性と性交をして、子どもを生むこと? では「家族」とはなんなのでしょうか。婚姻制度によって結ばれた父親と母親、そして血の繋がった子どもがいること?

直木賞作家・三浦しをんの書く小説には、しばしばこうした「家族」にまつわる問いが描かれます。今回はその中から『木暮荘物語』(祥伝社)、そして『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋)を読んでみようと思います。

『木暮荘物語』は、築年数不明のおんぼろアパート「木暮荘」の住民と、その周囲の人びとを描いた連作短篇集です。死ぬ前にセックスがしたいと燃える大家の老人、恋人と元恋人との奇妙な同居生活を送る花屋の店員に、喫茶店のマスターである夫の浮気を疑う妻、複数の男友達を部屋に連れ込みセックスに励む女子大生と、その様子を節穴から覗き見することが趣味のサラリーマン……。そう、『木暮荘物語』に登場する人びとはみな、性愛にまつわる「何か」を抱えながら、それぞれの生活を送っているのです。

その中の一編「ピース」は、「やりまん」の女子大生・光子の物語です。上の階に住むサラリーマン・神崎が自身の生活や情事を覗き見しているのを知りながら、気にするでもなく暮らしています。

光子には生理が来ません。卵巣が卵を作ることができないのです。中学生のときに医者から告げられた「妊娠ができない」という事実、そしてそれを聞いた母親が目の前で泣き伏したことに、光子は大きな衝撃を受けます。まだセックスの経験もなく、将来子どもを授かる自分など想像もつかなかった光子。もちろん、「自分が子どもを生めない」ということの実感など、持てるはずもありませんでした。しかし泣く母親の姿に「とてつもなく大きなものを否定されたのだ」と感じます。「あたしはそんなにかわいそうか」と。

光子は自身の体質について、友だちにも恋人にも、話したことはありません。大多数の女の子と自分が違っていることを、知られるのがおそろしい。いつかだれかと結婚することになったら、どうすればいいのか。光子はそうした不安や恐怖をひとりで抱えながら生きているのです。

そうした事情から心がささくれだった光子は、どうせ妊娠しないのだからと、とにかく色々な男たちと「やりまくる」ようになります。両親との関係もうまくいかず、光子は生まれた町――結婚して、子どもを生むのがあたり前の場所――から離れ、都会に行きたいと考えます。晴れて東京の大学に合格した光子は、「木暮荘」での生活を始めることとなるのです。

ある日、光子の友人・亜季が妊娠します。しかし亜季は、じきに生まれてくる赤ん坊と真剣に向き合おうとはしません。「妊娠したのがあたしだったら」と光子は苛立ちます。万全の準備をして、生まれた子どもをものすごくかわいがって大切にするのに。とうとう出産日を迎えた亜季は、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて、光子の元を訪れます。驚愕する光子に、亜季は「一週間ほど、赤ん坊を預かってほしい」と強引に赤ん坊を預けて立ち去ってしまいます。妊娠にびびって地元へ逃げた恋人を説得しに行ったようでした。光子は名前のない赤ん坊を「はるか」と呼び、恋人の聡と友人の葵、そして木暮荘の大家夫婦の助けを借りながら、懸命に世話をします。小さなはるかに、ありったけの愛情を注ぎながら。

亜季が戻ってこなければいいのに。あたしにはるかをくれればいいのに。光子のこうした思いとは裏腹に、一週間後、亜季が赤ん坊を引き取りにやってきます。どうしてこんなに残酷なことをするのかと、光子ははるかのいなくなった部屋で泣きじゃくります。その様子を、神崎は天井の節穴から覗いていました。「おまえさ、たぶん、いい母親になると思う」という神崎の言葉に、「あたしが子どもを生む日なんて、永遠に来ない」と激しさのひそむ声で答える光子。どうせ「そんなこと、わからないだろ」とか、「なれるって。俺が保証する」とか、いいかげんなことを言われるのだろう、と思います。

しかし、神崎はそうは言いませんでした。しばらくの間沈黙した後、静かな声で光子に問いかけます。「子どもを生まなきゃ、親にはなれないのか?」「子どもがいないやつは、血だか遺伝子だかの流れに乗れない、なんにも残さず生まれて死んでいくだけの生き物ってことになるのか?」

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