連載

「放っておくと男に尽くしそうになる自分が気持ち悪い」。恋愛におけるブレーキと破壊

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 父についても「軍隊だ」「鉄拳制裁だ」とマッチョな部分ばかり推して書いてしまったが、実は、彼は小柄で(166cmの私より2、3センチ高い程度)、私が小学生くらいの頃に酒の飲み過ぎで体を壊して以降は、がりがりに痩せ、後年は私よりも小さくなってしまっていた。が、相変わらず「軍隊がー」「男たる者はー」と口だけは達者な父を見て「しょうもない」と思うと同時に、「あなたの教えはこの私が継承している。だから安心して寝てろ」と言わんばかりにますます毅然とした態度で生きることを心がけた。我ながら、孝行者である。

 滅法強かったはずの父の「弱い」姿を見て、私は特にがっかりしなかった。私の希望は、父に強く在ってほしいと期待することではなく、私自身が強く在ることのみである。むしろ弱くなった父に可愛らしささえ感じたものだが、おかげ様で、吹けば飛ぶようながりがりの男に惹かれるようになってしまったのだから、ファザコン道は続くよ、どこまでも。

 片やサイコ野郎は、私独自の趣向性である。それは本物のサイコパスではなく、常軌を逸するくらい頭が良かったり、妙なところに偏執的にこだわっていたり、一芸に秀でていたり、「常人がついていけないくらい、すご過ぎて、狂人に見える」ような人物を差す。そのどこが好きかといえば、「面白い」、以上。

 私は恋愛を「極上の退屈しのぎ」だと思っているので、安心感や安定した関係性を必要としない。なぜなら、退屈だからだ。スリルジャンキーのようなところもあるので、想像もつかないような不可解な言動に遭遇すると、興奮し、大好きになってしまう。これにより、友人たちからは「変人好きのど変態」やら「男に厳しい分際で、惚れた男を見る目のみ節穴」やらと評されるわけだが、仰る通りで面目次第もない。

好きな男を甘やかす女

 心の中に「軍人」由来の男根を持つ女が、「変人」に恋をすると、どうなるか。まず、両者は基本的に相容れないものではあるが、精神の質には共通点がある。「軍人」はお国や主従関係のために自己を鍛えるが、自分の世界観に執着する「変人」はと言えば、より濃厚な変人道を極めるための自己鍛錬に余念がない。

 たとえばその「変人」が某かの表現者だとして。自分の芸を高めるために日頃の訓練を欠かさず、熱心に勉強して知識も磨き、想像を絶する熱量で芸を披露する。この徹底的に自分本位な鍛錬の姿勢が、私は好きだ。誰かのために己を犠牲にせず、ひたすら我道を行く。それが、人々を魅了する芸へと昇華するならば、最高ではないか。

 時には他者と協力し合い、双方の世界観を交換しながら相乗効果を高めることもあるだろう。が、自分の世界観を自力でみっちり構築しているためか、「変人」は自己の空疎さを他者で補填する種の依存的な性質を持たない。強いて言うならば、自分自身に依存している。ゆえに、サイコ最高。

 同類である私が「変人」を溺愛している時、男根はと言えば、超萎えている。どうやら、理解できる点があるから怒りようがない様子。つまり、私の男根は、怒ると勃つ。それが恋人といる場面ではぴくりとも動かない。いつも私に怒りの屹立を見せつけられている周辺の男たちいわく「あいつは良くて、なんで俺たちには怒るのか」「あいつだけ甘やかしている」。そう言われると、男根がちょっとだけむず痒くなる。

 甘やかしているつもりはないが、贔屓はしている。だって、好きなんだもん、しょうがないじゃん。私は男女問わず、良くも悪くも自己の軸が整っている人が好きだし、何よりこの変人、がりがりでメガネまでかけているんだから、そりゃ贔屓はするよ。ただし、それが「好きな男を甘やかしたがる女心」として人目に映るようなら、途端に気分が悪くなる。まるで女みたいだ。怖気が走る。

 と、ここまで書いた手前、仕方がない、認めよう。私は好きな男に限って甘やかす女なのだ。普段は男に対して悪態をついているというのに、惚れた途端に超甘くなる。そんな私は「女々しい」。男根が泣いている。気持ちが悪いのは、女性性が定着していない我が精神の土壌において、女性らしさや恋愛感情や照れが「どこに着地して良いのか分からない」からである。大気の汚染物質のごとく漂うばかりの不安定さに悪酔いしている状態だ。

 また、他者による「好きな男だけ甘やかしている」との苦言は、相手がよりによって「変人」だからこそのご指摘とも言える。なにしろ「変人」は、ひとたび己の執着に没頭し始めると、周りが見えなくなり、人の言うことをまったく聞かない。概ね社会性もなければ協調性もなく、コミュニケーションにも難があるため会話が成立しない。急に口を開いたと思ったら、自分の世界でのみ通用する言語で喋り始めるので、何を言っているのかさっぱり分からない。そのくせ繊細だから、人に理解されないとしょんぼりしたりする。面倒くさい!

 そんな男を甘やかすべきではない、というのが周囲が小言を垂れたくなる理由だが、私はといえばそういうところが大好物。というわけで、「もしもし、君が言いたいのはこういうこと?」「それとも本当は、こんなことをして欲しいんじゃないのかな?」と、本人の気分を聞き出し、翻訳する活動に精を出す。ついでに、「この変人のメッセージは、こういうことらしいです」と第三者に伝達する係をもエンジョイするわけだが、ここで第三者全員より「おい、ナガコ! 変人甘やかしてんじゃねえよ! 変人もナガコに甘えるな! 自分で言え!」とツッコミが入る。

 いやいや、「常人」のみなさんはそう仰るが、それがなかなか出来ないからこその「変人」というわけで、私は社会に適応しない彼のヘルパーみたいな存在であり、しかも「軍人」だから、困っている者や弱い者を守り抜いてなんぼである。変人君よ、苦手な請求書発行もスケジューリングも通訳も私に任せ、心置きなく変人道を突き進め。

 ……と、無理矢理「軍人」ロジックを導入してはみたものの、上記の私の心理は、男の世話を甲斐甲斐しく焼きたがる女のお節介であり、他者の自己に土足で介入する侵略欲求である。彼に関与するための役割を求め、その役割を遂行するために彼自身を「私による関与を求める欠落を持つ者」と看做す、侮辱行為であるとも言える。これではまるで、母と同じではないか。

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