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「放っておくと男に尽くしそうになる自分が気持ち悪い」。恋愛におけるブレーキと破壊

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 また、「変人」は自己管理が破滅的に下手なので、びっくりするくらい高い頻度で風邪を引く。「ナガコ〜、お粥が食べたいよ〜」とのことで、せっせと粥を炊き、衛生面を気遣って掃除をし、冷えピタシートを額に貼っているいるうちに、「やっていられるか!」と心のちゃぶ台をひっくり返す。その図は、病床の父と看病する母の再現であり、「こんな女になるものか」と心に決めた姿を、完全に踏襲しているのだ。「どうしよう、そんな女になっちゃった」。吐き気を堪えがてら、私は家政婦じゃない、人間だ馬鹿野郎! と心中こっそり怒鳴った時、己の男根が久しぶりにぴくりと反応する。

 男を甘やかすとはつまり、男を利用した自慰行為に他ならない。私は人を利用して自己を満たすような真似はしたくないし、しているようなら、そんな自分を許せない。結果、「変人」を溺愛する気持ちはそのままに、「それとこれとは別の話として、関係性に虫酸が走る」という理由であっさり分かれてしまう。これが、私の恋愛における男女性のバトルフィールドである。

セルフコントロールのブレーキ

 要するに私は、恋愛感情の高揚感は好きでも、「恋愛関係」が苦手なのだ。なぜなら、放っておいたら、己の頑強な意をあっさり覆し、好きな男のために尽くし始めるからだ。あれこれ世話を焼いたり、精神的な支えとなったり、甘えを許したりすることが、楽しくて仕方がなくなって来る自分を許容できないのだ。無論、男のために自己を犠牲にすることは私に限ってあり得ないが、それでもお粥以下、喜んで料理を作った実績があるため、いまいち己のポテンシャルも信用ならない。

 同時に、こうして書いてみてようやく、私が最も重視している精神の方針は「自律」なのだということが分かる。自分で自分を律し、制御する。セルフコントロール能力がかなり強いと自負しているのだが、裏を返せば、制御不能に陥る状態を極端に恐れている。つまり、私はセルフコントロール依存者で、相手あっての恋愛に向いていないのではないか。しかし、恋愛しようと思わなくとも「気がついたら、好きになっちゃっていた」という全自動的な感情の発露が、恋である。その気持ちを相手に伝え、関係性を築こうとすると、得意のセルフコントロール能力がブレーキをかける。

 以上の心理より、私は「男を好きになるのは全自動ゆえに放っておく。ただし、特定の関係性を約束しない」という方針を掲げ、この10年ほど、誰とも付き合わないという透明感溢れる恋愛活動を展開。もとより、私は恋愛に、安定の関係性ではなく、不安定だからこそ陶酔感が増す、刹那的なロマンを求める者である。よって、無関係性によって成立する恋愛は、私にとって都合が良い。

 しかし、表面的にはロマン輝く陶酔も、内情に女性性の嫌悪や制御不能への怯えが詰まっているようなら、健全とは言い難い。平たく言えば「怖くて恋愛できない乙女」のような気色の悪さも滲み出るため、いい中年となった今、改めてこの表裏の混沌を清潔に整備したいと考える。さて、どうするか。

 次に恋をしたら、父母由来のバイアスを一旦棚に上げ、まずは相手の自己に寄り添いたい。「こんな女にはなりたくない」と想定する女性像に傾倒しないためにも、得意のセルフコントロール能力のレベルをますます高めたい。そしてお互いの自己を大切に尊重しながら交換し合い、2人が望ましい関係性を共に作る、そんな穏やかで慈しみの深い恋愛に挑戦してみたいーーーーー、と、綺麗事の理屈を整えてばかりいるから埒が明かないのだ。

 だいたい、だ。私は見栄を張り過ぎなのだ。本当は男に甘えたいくせに、父のマチズモのせいで甘えられない抑圧を「いやいや、私は能動的に甘えないのだ。格好悪いからな」と、さも自分でブレーキを引いたかのような暗示を自己にかける。男には「甘えたいなら、どうぞご自由に。男にとって人生は戦場だからな、一時、私で骨休めするがいい」と『聖母たちのララバイ』さながらの度量を提供したがる。そんな度量など持ち合わせていないというのにだ。

 男の浮気も「まあ、しょうがないよね、だって男ってそういう生き物だし」と格好をつけて許容する。自分が男の浮気相手となる際には、「奥さんのこと、彼女のこと、一番大切なんでしょ? 全然、大丈夫。私のことなら気にしないで。愛人とか、二番目とか、そういうポジションも要らないから。気が向いたら連絡ちょうだい」。後腐れない女を気取っては、帰宅して一人、めそめそ泣いている。男の前では「寂しい」の一言も口にしない。常に強気で頼れるお姉さんとして振る舞い続けると、私の男根は喜ぶ。男も喜ぶ。が、精神は疲弊する。正直、もう、お姉さん疲れた!

 私がやらなければならないのは、泣きたければ泣いて、甘えたければ甘えて、寂しい時には素直に寂しいと相手に伝えること。ただ、それだけだ。いっそ、セルフコントロールのブレーキを破壊して、男にがんがん飯を食わせ、男の欠落を埋めるお節介および依存的侵略行為を存分に行い、思い切って隷従までして「何これ、超楽しい♡」と喜ぶ荒療治に挑むことこそが、父母由来のバイアスを解消するに相応しい活動ではないだろうか。

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