「現状維持」=「私たちはこれからも苦しまないといけない」
政治・社会的にリベラルな傾向の人々の多くがサンダース氏を支持していたこともあり、彼らの多くは積極的にはクリントン氏の支持に回りません。今の段階では「どうしたらいいかわからない」人がほとんどです。彼らがクリントン氏に投票するとすれば、その唯一の理由は「トランプ氏が大統領になるよりはまし」だからです。しかし、クリントン氏には現状維持以外に目指すものがありません。
サンダース氏は自らを「社会主義者」と名乗り、中間層・貧困層・若者の支持を得て善戦しましたが、彼の政策目標がアメリカでも根強い官僚主義と、限られた権限しか与えられていない大統領制で達成できるかどうかまではわかりませんでした。また、トランプ氏の荒唐無稽さ、マイノリティや女性に対する差別主義は明らかですが、彼が語る「アメリカ人(彼にとってアメリカ人とは白人男性のことです)が報われる社会を作る」というのは、現状に不満を抱くアメリカ人に「変革への希望」を与えるものでもあります。
サンダース氏もトランプ氏も、これまでのアメリカの政治では異端とも言えるような両極端の候補でしたが、二人が登場してきた背景には、企業民主主義、企業自由主義ともいえる、アメリカの社会経済的問題があります。
ビル・クリントン氏、ジョージ・ブッシュ氏、バラク・オバマ氏ともに、政治的スタンスとしては左寄りだの右寄りだのと言われてきましたが、いずれも企業を優遇する政策を取り続けることで、社会政策、衛生政策、外交政策、国防政策などを「その他いろいろの、経済よりも重要でない問題」と位置付けてきました。企業が世界を舞台により自由な活動ができるように、企業が世界中どこに行っても自分たちの権利(特許、著作権、税制優遇など)を最大限に享受できるように、という企業民主主義、企業自由主義を最優先の政策としてきたのです。もちろん、そのときどきの状況や本人の指向性により、経済とは別に「得意分野」「力を入れる分野」を持っていたので、ブッシュ大統領は富裕層への減税、オバマ大統領は国民皆保険実現に力を入れため、「経済効率最優先の大統領」「社会主義的大統領」という印象が生まれていたのです。
まだ選挙の真っ最中であるヒラリー・クリントン氏は、実際に「何が得意分野なのか」「何に力を入れたいのか」という部分が明らかになっていません。選挙を戦う上では、大衆に向けて「大学学費無料化」「経済格差縮小」といったことを言っています。しかし、実際に彼女が関与している非営利法人や彼女の強力な支援者(寄付金をくれる企業)はシティグループ、JPモルガン、ゴールドマンサックスなどの金融企業、ウォール・ストリートや多国籍企業をメイン顧客とする企業向けの弁護士事務所、ロッキードなどの武器製造業といった、「世界をまたにかけて企業の自由と権利を守り、人の血を流してでもお金を稼ぐ」ことを目的としているような組織ばかりです。
サンダース支持者やトランプ支持者にとって、ヒラリー・クリントン氏の「現状維持」の政策案や支援者の実態を見ると「これでは私たちはずっと苦しいままではないか」と、思わざるをえないのです。この数十年のアメリカにおける政治は常に「企業の利益と自由を最優先にして、アメリカ経済を底上げすれば、その利益が社会全体に渡る。だから経済政策を最優先する」ことを目標としてきました。しかし、現実にはこうした「企業が頑張れば、社会全体にその利益が行き渡る」ことは起こっていません。歴代の大統領がしてきたことは、民衆にとっては「現状維持によって自分たちの生活が徐々に蝕まれていく」ものでした。
あちこちで見られる「イケてない」選挙
トランプ氏が大統領候補になったのは悪い冗談でもなければ、アメリカ人がバカだからでもありません。むしろ、民衆に与えられた選挙という方法によって、今までの現状維持に対する強い反対を示していると見るべきです。そして、社会・政治的には比較的リベラルで、マイノリティや女性への差別を許さない民主党支持者の中にも、初の女性大統領になるかもしれないヒラリー・クリントン氏を支持しない人が多くいるのは、「数十年の現状維持政策によって、トランプのようなありえない差別主義者が出てきた。このまま現状維持が続いたら、もっとひどい候補が出てきて、本当に大統領になるのではないか」という懸念を持っているからなのです。
少なくない数のサンダース支持者は、サンダース氏がクリントン氏に敗北宣言をし、クリントン氏への支持を呼びかけてもなお、クリントン氏支持に回ろうとはしていません。ここまできたら、もはやサンダース氏が候補になるということはありえませんが、これだけ信用されていないクリントン氏が大統領になるのも容易ではないでしょう。
東京都知事選の「イケてなさ」を考えれば、日本もアメリカと同じように、民主主義が企業自由主義、企業民主主義、そして経済政策によってハイジャックされ、政治が民衆の方を見ていない状況といえます。その一つの結末がどのようなものになるのか、アメリカ大統領選から学ぶことは多いでしょう。
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