『十二夜』におけるツンデレ、オリヴィア
シェイクスピアの『十二夜』はロマンティックで笑いに溢れた芝居です。
ヒロインのヴァイオラは海難事故で双子の兄セバスチャンと引き離され、イリリアという国に上陸します。ヴァイオラは男性のふりをしてシザーリオと名乗り、公爵オーシーノーに仕えることにします。オーシーノーは伯爵令嬢オリヴィアに恋をしていますが相手にされません。オーシーノーはシザーリオを恋の遣いとしてオリヴィアのもとに行かせますが、オリヴィアはシザーリオに恋してしまいます。しかしながらシザーリオは主人オーシーノーに恋をしており、オリヴィアの求愛を受け入れません。
そこへ死んだと思われていたセバスチャンがやってきたからさあ大変。ヴァイオラに瓜二つのセバスチャンは皆からシザーリオに間違われます。セバスチャンをシザーリオと思ったオリヴィアは嵐のように求愛します。美女の告白に心がなびいたセバスチャンはオリヴィアと電撃結婚。これを知ったオーシーノーは、忠実だったはずの小姓シザーリオに恋を横取りされたと勘違いし、激怒します。最後はセバスチャンとヴァイオラが双子で、さらにヴァイオラが本当は女であったことがわかり、オーシーノーとヴァイオラが結ばれて終わります。
『十二夜』というと男装の麗人ヴァイオラが有名なのですが、オリヴィアも非常に重要な役どころです。そしてオリヴィアは、上にあげたツンデレの3つの条件を全て満たしており、舞台でもツンデレ的キャラクターとして演じられることが多くなっています。
まず、オリヴィアは「周囲、もしくは特定の者に対して気丈、強気な性格、行動をとる」女性です。伯爵家の女相続人で父も兄も亡くなっているため独力で屋敷を管理し、高貴な身分を誇りにしています。ヴァイオラやセバスチャンよりも年上で大人らしい落ち着きがあり、恋愛以外のことについては大変しっかりした性格です。セバスチャンはほぼ初対面のオリヴィアからあまりに急な求愛を受け、オリヴィアは狂気に陥っているのではと一瞬疑いますが、以下のような独り言ですぐにこの考えを否定します。
もしそうなら、あの人はあんなふうに家を切り盛りし、召使いに命じたり、家の用事をあんなにてきぱきと分別をもって落ち着いてこなしたり片付けたりできるはずがない。(第4幕第3場16-20行目)
どうやらセバスチャンは可愛いだけではなく有能な女性が好みなようで、この時点では既にオリヴィアにメロメロで、すぐ求婚を受け入れてしまいます。ふつうならほぼ初対面の女性と結婚するのはおかしいと思うでしょうが、そこがお芝居のマジックです。召使いの前では堂々としているのに恋する男の前では気持ちを抑えられないオリヴィアは演劇的に魅力があり、観客はこんなに可愛らしい女性なら一目惚れもあり得るだろうと思ってしまいます。このセバスチャンの台詞の後、オリヴィアはセバスチャンに求婚します。突然ウェディングドレスを着たオリヴィアが駆け込んでくるなどの突飛な行動を示す演出が行われることもあり、恋のせいでいつもの威厳を忘れて暴走する美女が生き生きと描かれます。
2つめのポイント「特定の人に好意的である、または、何かの基点もしくは時間経過によって特定の人に対する接し方、考えが好意的へ変わる」も、オリヴィアは満たしています。第1幕第5場で、オリヴィアは最初、シザーリオをからかったり冷たくあしらったりしますが、主人のかわりに真剣に求愛をするシザーリオを見ているうちに心を動かされます。上演する際は、シザーリオがもし自分がオリヴィアに恋をしたら屋敷の外に柳の小屋を作り、夜な夜な「オリヴィア!」と切ない声で泣き叫ぶだろうと言うところでオリヴィアが表情を変える、というように、オリヴィアが何をきっかけに恋心を抱くようになったかはっきりわかるような演出をすることもあります(260-267行目)。
3つめのポイント「普段の気丈さや強気のために素直に好意を表せないといった行動をとる」は、上記の場面の直後に出てきます。シザーリオに恋い焦がれる一方、身分や見栄が邪魔して率直な告白ができないオリヴィアは、執事マルヴォーリオを呼びつけ、嘘をついてシザーリオの気を惹こうとします。オリヴィアはマルヴォーリオに自分の指輪を渡し、これはオーシーノーの贈りものとして押しつけられた指輪で、それを返しに行くためシザーリオを追ってくれと頼みます。シザーリオは指輪など渡していないのでこのマルヴォーリオのお遣いに驚きますが、どうやらオリヴィアが自分に恋をしたようだと気付いて愕然とします。この無茶苦茶な行動の後、オリヴィアは覚悟を決めたのか「デレ」に転じてシザーリオに接するようになります。