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ビョークの「女ことば」への翻訳の違和感と、男尊女卑の歴史を持つ日本語を巧みに使い分ける宇多田ヒカル

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カルチャーが「女ことば」の普及を担った歴史

言語学者の中村桃子氏は『女ことばと日本語』(岩波新書)で、鎌倉時代から第二次世界戦後までの「女ことば」の変遷を辿っている。本書は、歴史上のマナー本による「ひかえめであれ」と女性に規範を求める男尊女卑観、標準語の成立に隠されている男性中心主義的な思想、標準語と女ことばがナショナリズムに都合よく利用されたこと、などをあぶりだしている。特に第5章を読むと、言語表現の統制が人間のあり方を縛り、戦争を肯定するイデオロギーに加担することにもなった歴史がわかり、言葉という何気ないものさえ争いに巻き込まれることを想像し、ぞっとする。

『女ことばと日本語』によると、「日本という同じ国の国民だと実感してもらおう」という意図のもと、明治時代に東京語を基準とした標準語が成立されていった。女ことばは口語の文法書や国語の教科書には含められず、男性が国の担い手とされる一方で女性には良妻賢母として国や家を支える二次的な役割が当てられたのと同様に、一般的ではないとされた。例えば、東京でも一部の男児が「あたい」という主語を使っていたが、女ことばだからと国語として認められなかったそうだ。その後、戦時中には女ことばは伝統という位置付けで、日本語の価値を高めるために利用されていった。

こうした価値観を一般に普及する役割を、文学などカルチャーや新聞などメディアが担うところもあった。たとえば、坪内逍遥は小説において、「さまざまな話し言葉を使い分けることで登場人物の特徴づけを鮮明」にし、「さまざまな集団をその言葉づかいの違いを強調して描写することを勧め」たという。また、二葉亭四迷はツルゲーネフの『父と子』を翻訳するにあたり、西洋の若い娘を表すために、その語りに「てよ」「だわ」といった文末詞をつけた語りを採用したのだそうだ。男女の役割規範において不均等な関係が生み出されていったように、谷崎潤一郎が『文章読本』で性によって異なる言葉づかいを奨励した例もある。こういった表現には、「女性は女ことばを話すはず」という現実がまるで実際に存在するかのような言説を普及する側面がある。

当然のことだが、女性は一様に「〜だわ」「〜なのかしら」といった話し方をするわけではなく、多種多様で、立場のちがいや育ち方、教育などの差で言葉づかいが異なったりするものだ。しかし、創作や翻訳で自動的に女ことばとされてしまうと途端に発言の内容が色づけされてしまう場合もある。『女ことばと日本語』を読んでいると、ささやかなものだから女ことばに訳したりフィクションの登場人物の言葉づかいにまとわせたりするのも問題ないのではないかという安易な姿勢を取る者に対して、言葉というものの影響力に自覚的ではないと思わざるを得なくなる。

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