否定形で語られる「男らしさ」から、「男らしくない男らしさ」の探求へ/杉田俊介×西森路代【1】

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――「女性から見て気持ちの良いものではない」とおっしゃいましたが、西森さんにとって「男らしさ」は、男性が女性の視点を想定して持つもの、つまり「女性にモテるためにはかくあるべし」と思って身に着けているようなものだとお考えなのでしょうか?

西森 まったく逆ですね。むしろ女性と共存するための「男らしさ」があまりないなと思うんです。たとえば、王子様的なキャラクターが女性に優しくすることを「男らしさ」って捉える男性って少なくて、むしろ「気持ち悪い」「ウソっぽい」みたいに思う人はいますよね。どちらかというと、女性のいない空間で、男の人同士で認めてほしいと思ってやってることが「男らしさ」の基準になっていることが多いと思うんです。この前、messyの連載で『ブロークバック・マウンテン』について書きましたが、あの物語も主人公のひとりは、男社会の落ちこぼれになりたくないから男らしくあろうとしていたなと思いました。

最近、男性同士が仲良くしているのを見るのが好きな人って多いですよね。BLに限らず、アイドル同士が仲がいいエピソードを聞くと、なんかいいなと思ったり。まあ、それも極端になると、ホモソーシャルにつながるかもしれないけれど、そうではない連帯みたいなものが、男女問わずにあればいいなと思います。

杉田 男性たちのホモソーシャルな空間は、ホモフォビア(同性愛嫌悪)とミソジニー(女性嫌悪)から成り立っている、と言いますよね。『アイアムアヒーロー』のショッピングモールは、わかりやすいほどにホモソーシャルな空間でした。いちばん強い人間が王になって、「俺が法律だ」とか言いだす。一人の王が転落すると、また違う強者が王になる。前半は英雄の優柔不断な男らしくなさを描いて、中盤からは男性たちの閉鎖的なホモソーシャリティを対比的に描く、という構成なのかなと。そういえば、この映画の脚本を書いたのは女性なんですね。

西森 映画『図書館戦争』とかドラマ『重版出来!』(TBS系)を書いた野木亜紀子さんが脚本ですね。

杉田 逆に言うと、気が弱くて弱虫であること、優柔不断で決断ができないことは、ルサンチマンさえうまく抜き取れば、欠点じゃなくて美点になりうるし、周りの女性たちに安心や笑顔を与えるユーモアにもなりうる。それは「男らしくなれないけど、男であることから降りられもしない」という「男らしくない男たち」にとっては、規範的なモデルになりうるのかもしれませんね。大泉洋さんの役者としての個性とすごくマッチして、その辺りがうまく示されていた。

性役割分業の男性像とかマッチョな男らしさには抵抗感があるけど、男であることからも降りられない、という男性たちは結構いる気がするんです。そういう男性たちにとって、英雄は色々な意味で共感できるキャラクターではないでしょうか。少なくとも僕はかなり好きでした。

西森 映画で描かれる「矛盾した男性性」っていうと、どこか反骨精神とかがあって初めて成立するものが多い中、『アイアムアヒーロー』のように、法に反さないで、ヒーローになるってすごく珍しいと思います。そういう反骨精神にこそ男性性があると思う向きは大きいのかなと思うので。

杉田 正直に言うと、かなり雑な映画だし、無駄が多過ぎるとも感じたんですよ。色んな意味でもったいないなあと。たとえば『マッドマックスFR』とか『ズートピア』なんかの緊密な完成度に比べると、すごくぐだぐだで。ただ、そのゆるくて雑なところが、色んな意味で「日本的」な状況をあらわしているのかなあ、とも思いました。ぐだぐだであるからこそ、男たちの置かれた状況を無意識のレベルでとらえているのかも、とか。

あと、英雄のすごいところは、人間的な秩序や法が存在しない状態、社会契約論でいう自然状態のようなところでは、男は肉食化して、弱肉強食になっても当然でしょ、という思い込みが普通はあると思うんです。戦場の男たちには女性が性的奉仕してあげるべきだとか。

西森 日本映画では、なぜか女性がおにぎりを握りだすというね……。そういう世界が、同じゾンビ作品である『ウォーキング・デッド』とかに描かれてたわけですよね。

杉田 そうやって日常的な秩序が崩れた世界で、目の前にゾンビが差し迫っていても、違法行為だから発砲できない、という英雄の遵法意識が面白かった。映画版の英雄君は、自分が「普通」だと何度も強調しますよね。こういう非常事態の中でも、「普通」でいられて、ミソジニーや暴力衝動に飲み込まれないで、自分の言動につねにツッコミを入れて、その情けなさによって他人に安心感や笑顔を与えられるって、結構すごい。

西森 私もmessyの連載で、「英雄の目がおかしくならないことがすごい」って書きましたけど、同じ意味ですね。

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