「男らしさ」は死ぬまで否定するしかないのか。長渕のように矛盾を抱えながら、おだやかに生きる男性の生き方とは/杉田俊介×西森路代【3】

【この記事のキーワード】

西森 また大泉洋さんの話で恐縮ですけど、以前、取材したときに「映画の中で悲しいことが起こるのは、話し合ってないことが要因だけど、自分は説明しないことで起こる悲劇が大嫌いだから、全部説明したい」って答えてたことがあって、そこが評判よかったんですよ。多弁なことが良いということもあるのだなと。

杉田 こういうのって呪縛だと頭では分かっているつもりなんだけど、自分の中にどうしても残ってしまうんですよね。完全に乗り越えることはできなくても、少しずつ毒を弱めてはいきたいんですが。

西森 それは生まれてきてから、男性はそういうものだと言われて、知らず知らずに身についてしまった部分だってことですか?

杉田 どうなのかな。かつてウーマンリブの頃に田中美津さんが「男女平等を掲げながらも、好きな男の前ではあぐらをかけない、マニキュアを塗ってしまう、そういう自己矛盾に戸惑って取り乱すところから、女の自由を考えはじめよう」というようなことを言っていました。

それでいえば、こんなに男らしくない自分にも、それでもなお男らしさの規範意識が根深く刷り込まれているんだなあ、と思い知って、なんかびっくりしますね。僕は共働きなんですけど、頭の中では「男も女も対等なのだから、お互いにフォローしあっていけばいいじゃん」と考えていながらも、それでも自分が「男として十分に稼げてない」という状態を肯定しきれない、というのはいまだにありますからね。この年齢の男で年収がこれしかないのは、正直、恥ずかしい、って。

西森 私の中では逆に、収入が少ないことを恥ずかしいと思うことはほぼ感じたことはなくて。それは、女性にそれが恥ずかしいことだという価値観は植え付けられなかったからですよね。もちろんなぜこんなに頑張っても稼げないのかと嘆くことはあっても、恥ずかしくはないんです。ただ、男性の望ましい女性像としてふるまえないつらさみたいなものを、かつては持っていたんですよね。それは、女性誌なんかを見ても、女子力があふれる見た目、つまり男性にとっての性的な望ましさを内面化している見た目でいけない、というような、わりと画一化された女性像しか出てなかったからで。でも、男性の望ましい女性像でなくてもみんな恋愛や結婚をしているのを見ると、性的なフックがないと恋愛や結婚ができないのではないかと勝手に思いこんで引き裂かれたりしていたのだなと思います。特に、女性であることに真面目な人はそう考えちゃう。それに、今言っていて気付いたけど、別に恋愛や結婚を目的にしないでいいのに、かつては、それが目的でないといけない気がしていました。今だって圧力はありますよね。東村アキコさんの『東京タラレバ娘』(講談社)なんかを考えたら、恋愛や結婚から外れていることは、やっぱり後ろめたいというメッセージは感じるし。

杉田 いまだに経済的な安定のようなものが漠然と「男らしさ」の根拠になってしまう。

西森 それは、男性である望ましさが、見た目ではなく稼げるかということのほうが重要だと思っているからじゃないですかね。

――稼げるかどうかは重要だと思います。僕も28歳になって結婚する同世代が増えてきて「この年収で結婚ができるのか」と漠然と考えるようになりました。そしたら「養えないよな」っていうワードが無意識に出てきたんです。「え? 養う? 僕、そんなこと考えてたの?」って驚きました。

杉田 家族を養いうる所得と年収と身分がなければ、そもそも、誰かと付き合う資格がない、と感じちゃうんでしょうね。

西森 女性の場合は、「正社員じゃないと結婚できない」って思うことは、やっぱり少ないですよね。正社員自体が少ないですし。それよりはやっぱり一般的には、女子力がないと付き合う資格がないんじゃないかっていう不安のほうが大きいでしょうね。普段、そういうことに縛られてないと思っていても、ふとしたときに、女性とはこういうものっていう、長年、染みついていたものが頭を出してくるときがありますね。

――資格があるかどうか、「男らしい」かどうか、というより、生活を安定させられる程度の世帯収入が欲しいって考えているのかもしれません。いまはまだ男性のほうが稼いでいる社会で、男性と同じくらい、あるいは男性以上に稼ぐ女性も増えてきているけれど、まだまだ多くはないと思うんです。そういう状況がどうなんだって話ですが、個人の行動としては「男の自分が稼ぐ」ほうが手っ取り早い。こういう行動が性別役割分業を強化しているんじゃないかという葛藤もあります。とはいえ「じゃあ稼がないでいいか」というと、ひとりで生きていくにしてもお金は欲しいし、誰かと結婚するとしても「安定的な生活を送れるほどの収入がないから、難しいよな」と思う、という……。「それでもいい」という女性ってどのくらいいるんでしょうね。

西森 私からすると、そういう人はいっぱいいると思うんですけどね。ただ、その逆で、「女性を見た目や気づかいで見ない男性はどこにいるんだろう」と思ったりしてますから、同じなのかもしれないですね。

杉田 お互いにハードルを高く設定してるのかな。

1 2 3

「「男らしさ」は死ぬまで否定するしかないのか。長渕のように矛盾を抱えながら、おだやかに生きる男性の生き方とは/杉田俊介×西森路代【3】」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。