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セレブのフェミニスト宣言は、ショービズを成立させる女性蔑視を変えることはできるのか “炎上セレブ”テイラー・スウィフトのしたたかさと危険性

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セレブのビジネスを成り立たせるものはなに?

 これは私たちがオフィスで、研究室で、教室で「あの女は上司とヤッたおかげで昇進できたんだ」「あいつは浮気している」などと周囲に吹聴されるのとは少し意味が異なる。正直言ってわたしはテイラーとカニエのこのゴシップを娯楽として楽しんでいる。恋愛や友情や個人間の紛争を派手に演出して世界中の人に見せつける彼らの感覚は決してまともではないが、『ハリウッド・バビロン』の昔から名声を求め、得られる人たちのビザールなパーソナリティの歪みは一種の美しさをも湛えつつ私たち凡人を魅了するのだ。

 話を元に戻そう。彼女たちは「私たちと同じ」なのだろうか。彼女たちが「社会の構造を変える」ためでなく「個人の生活を守る」ためにのみフェミニズムを引き合いに出すことは、望ましいことなのだろうか。

 ひるがえってジェンについても、彼女がアメリカン・スウィートハートと呼ばれ今も愛されているのは一連のゴシップ報道もあったゆえであることは否めない。7月4日に星条旗柄の水着を着て必死にそのイメージを定着させようとしているテイラーがいつまでたっても先達のジェンからその座を奪えないのには理由がある。この人がだめなら次はこの人、とはすぐなれず、公私にわたってそれほど器用に立ち回れないジェンの魅力が人々の心をつかんでいるのだ。そしてそんなジェンの姿の多くを私たちはゴシップ報道から知ったのだ。ジェンの主張は確かに正論だ。女性はそのライフイベントの在り様で過剰にその価値をジャッジされる。それをスターである彼女が告発することで社会の意識を変えることもできよう。

 しかし「その容姿だけに焦点をおいて女性を見ることは、彼女たちを人間扱いしていないのと同じです」「(このメディアの姿勢は)雑誌の表紙を飾る女優やモデルほど痩せていなければ自分は関心をもたれるに値しないのだと少女たちに思わせてしまいます」と主張するジェンだが、彼女自身もまたあるスキンケアブランドのイメージモデルであり、過去に男性誌GQの表紙においてセミヌードでポーズを取りその華奢なボディラインを披露していたりもするのだ。

 わたしはいささか彼女に意地悪なことを言っているかもしれない。しかしスターの幻影とは表層的なルッキズム、下世話な詮索心、過剰な共感によって支えられそれによって多くのビジネスが成り立っている。

 私たちと違って、自分の魅惑的な裸身や、仲睦まじい家族の姿を広く公に晒すことが彼女たちの人生に利することもあり得る。そうした行動をとる背景には性差別的要素が不可分に存在し、彼女たちは二つの価値観の間で危うい綱渡りをしているようなものなのである。ジェンは、テイラーは自らの職業の根底にある「女性のモノ化」をも問題視するフェミニストになる覚悟はあるのだろうか。

 彼女たちの存在によってフェミニズムはより親しみのある、敷居の低いイメージが与えられた。しかしそのスターたちのみが、フェミニズムの代弁者となるのは、フェミニズムにとって非常に危うい状況であると言えるだろう。私たちは彼女たちの威光をありがたがるばかりでなく、自分の周囲の状況を変えていく努力を自ら重ねていくべきなのである。
パプリカ

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パプリカ

フロイトとDSMⅤと神経細胞の間で働く日々。子供の頃から、自己肯定感に満ちあふれたアメリカフィクションのファン。座右の銘は「What would Rachel Berry do?」ファッション・アイコンは『Clueless』

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