恋愛も結婚もせずに、出産と育児をしたかったんです/『おひとりさま出産』七尾ゆずさんインタビュー【前編】
カルチャー 2016.08.17 14:00
交際中の彼氏(フリーター)と「結婚せず」、しかし「出産したい」と望んで妊活&妊娠、出産した一部始終を描いた七尾ゆずさんの実録マンガ『おひとりさま出産』(集英社クリエイティブ)。非婚・少子高齢化が問題視される現代日本の社会背景もあって、一巻発売時から大きな話題を呼びました。二巻では無事出産、三巻では育児の模様が描かれていますが、三巻で特に印象的だったのが、“子の父親”という存在の捉え方でした。
子の父親であり七尾さんのパートナー・ミウラさんに、七尾さんは何も望みません。扶養を求めるでもなく(そもそも認知すら望みません)、かといって遠ざけるでもなく、互いにとって丁度いい適度な距離感を持って接しています。お二人のような関係がなぜ可能なのか。七尾さんは非婚出産・非婚育児の選択に後悔はないのか。七尾さんご本人にお伺いすべく、インタビューを申し込みました。
(聞き手・下戸山うさこ)
恋愛も結婚もずっと違和感を感じていた
――『おひとりさま出産』1巻では、38歳で「子供を産みたい」と決意し、彼氏・ミウラさんを説き伏せての妊活と妊娠成功、「非婚は不幸」という価値観を持つ実家の母の説得などなど、妊娠5カ月までの出来事が描かれていました。2巻では、年収200万以下ながら「出産までに貯金100万」を目標にアルバイト掛け持ち生活に奮闘する姿~緊急帝王切開での出産までが収録されています。そして5月末に発売された3巻では、貯金を切り崩しながらの「おひとりさま育児」生活、自宅で新生児と過ごしつつ漫画を描き投稿する日々が描かれて……3巻のラストは出版社から電話が入るという希望の見えるコマで締められていましたが、この電話こそが、『おひとりさま出産』連載中の「officeYOU」(集英社クリエイティブ)編集部からのものだったのでしょうか?
七尾 まさにそうなんです。娘が生後10カ月のときにこの連載が始まって、今は大体3年くらいになります。
――ということは、今はお子さん(ミライちゃん)は4歳?
七尾 はい、アクティブに生きてます。戦隊モノとか好きで見てますよ。もうご飯の食べこぼしとかもしないですしね、随分楽になりましたね。もうちょっと小さい頃は、本当にご飯の時間が嫌で嫌でしょうがなかった時期がありました(苦笑)、グチャグチャにされるから床に新聞紙を敷いて……。
――ありますよね、食べこぼし掃除問題……ミウラさんもお元気ですか?
七尾 元気なんじゃないですかね、たぶん(笑)。二カ月に一度くらい、うちに来てミライと公園に行ったりしてます。半年会わないこともありますけど。今はフリーではなくどこかで働いているみたいです。
――ミライちゃんは、ミウラさんを「お父さん」って認識している?
七尾 そうですね、「パパ」ですね。一応、ミライのパパは、ミウラひとりなので。私は、特にこれから、誰かと恋愛しようという気もないですし。パパは、今のところ何もしてもらってないですけど(笑)、つまりお金ももらってないし、たまにしか会わないから見せ場みたいなものもないですけど、ミライ的には「パパ大好き」って言ってます。私からミウラの悪口を吹き込んだりとかもしないし(笑)。うちの母は、なんか、父の悪口とかしょっちゅう言ってたんですね。
――離婚されてないし不仲でもなかったのに?
七尾 関西だから、人の悪口を平気で言うのかもしれません。顎が出てりゃポットと言って頭を押す、みたいな悪口を笑い飛ばす文化がありますからね。
――コミュニケーションですね。七尾さんのお父さんって、一巻でほんの少し出てきますが、子供としては「あんなお父さんいないでもいいやん」って感じだったと……。
七尾 父のことも多少描けたらなぁとは思ってるんですけど、今はまだそれじゃないそこじゃない、みたいな。
――なるほど。今日は、七尾さんが出産に際して「結婚」という制度を全然考えなかったのはどうしてか、ということをお伺いしたいのですが、お父さんの影響も少しはあるのかもしれないですね。さて七尾さんが妊娠を希望されたのは38歳の時と描かれていましたが、七尾さん同様に肉体的な出産可能年齢を考慮して「子供が欲しい」と思っている35~40歳前後の女性って大勢いらっしゃると思うんですね。だけど「交際相手がプロポーズしてくれない」とか「経済的に」とかで待ちの姿勢になっていたら、どんどん時間だけが過ぎてゆく。その点、七尾さんは「相手任せ」にするところ、他力本願なところが一切ないですよね。相手、つまりミウラさんが借金持ちで自由人(会社勤めなどしていない)という状態であろうと関係なく、「産むぞ」と自分で決めて着々と実行された。ここで、ミウラさんを七尾さんがどうこうして、変えて、入籍しようとか、そういう思いがよぎったことはなかったんですか?
七尾 ないですね。というのは、私、結婚に対しての幸せイメージとか特になかったんですよ。結婚が幸せだってイメージを自分が持っていたら、ミウラをあれこれ改造して自分の思う幸せイメージに沿った結婚をしようとあくせくしたかもしれませんが、そもそものイメージが特にない。また、幸せかどうかわからないけど、世の中の常識として、「子供を産むなら結婚でしょ」というのがあって、忠実に従わなきゃと思い込んでいたら、あるいは結婚に向けて奔走したかもしれません。出来たと思うんですよ、ミウラの親、彼が一番恐れているお父さんを丸め込めば。でも、それが出来なかった。
そもそも私が「結婚=幸せ」ってプラスのイメージを抱けないのに、「常識だから」ってそれに突き進むことは出来なかったですね。いや本当はずっとね、「結婚して、子供産まなきゃ」って思ってたんですよ。だから「恋愛しなきゃ、結婚しなきゃ」って、手順を踏まないと子供には辿り着けないと思い込んでいたんですけど……。
――けど?
七尾 けど、ある時、別に結婚しなくても、子供産んでもいいんじゃない? って気付いたら、すごいパーッと世界が開けたんですよね。……やっぱり人って、幸せのイメージを抱けない方向に突き進むことって出来ないと思うんですよ。子供欲しいなあ、でも結婚したくない、恋愛も苦手だからそれらをクリアしないといけないなんて憂鬱だなあ、って思ってたんです。でもそういう苦手要素を経ずにやりたいことだけをやってもいいじゃないか、と。