「家族は、互いに助け合わなければならない」の何が問題? 憲法第24条改正によって社会保障がなくなるかもしれない。/山口智美×杉山春【1】

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知らない親族まで助ける義務が生まれるかもしれない

杉山:別の可能性もあるのでは、と思いました。お母さんと子どもを離したほうがいいのでは、と思う家族に出会ったことがあります。実際、お母さんが病気で入院したことで離れ離れになったんですけど、その結果、子どもはお母さんとは違う価値観に触れた。その後、高校にも進学できたんです。そしてこの家族には、ヘルパーなどが入り、良質な支援によって、再統合出来ました。お母さんは、家事はしないけれど、子どもがちゃんとご飯を食べているのを見られることに喜びを感じている。だから手助けしてもらえてよかった、と言うんですね。憲法に「家族は大切だ」と書かれることで、むしろ「憲法にそう書いてあるのだから、家族が一緒にいられるように福祉を充実させよう」という方向に進む、という可能性はないのでしょうか?

山口:福祉を充実させるという視点は重要だと思います。ただ、自民党草案は「家族は互いに助け合わなければならない」というものです。つまり国が家族を福祉で保護してくれるなどというものではない。人びとに助け合いの義務を課しているんですね。だから、おそらく支援はほとんど入らず、「家族同士の自助努力で助けあいして」などとなる。そもそも病気のお母さんと息子さんを切り離したらいけない、一度も切り離さないままで家族や親族の自助努力でなんとかしろ、となるでしょう。

杉山:今の世帯単位での給付が基本の生活保護はまさにそういう形ですね。そのせいで、子どもたちは親から自立させてもらえず、社会的な力の弱い親の面倒まで見なくてはならない。そして学校にも思うように行けなくなっている。

山口:自民党草案は、そうした状況を強化する可能性があります。そもそも現行憲法の24条は、家族ではなく、婚姻・夫婦についての項目です。それが自民党草案では家族の項目になっている。ここでいわれている「家族」は、広い範囲を含みます。先祖から子孫までという縦のラインも、親族という横のラインも含まれる。広い家族が、互いに助け合わなければいけないことになりかねません。

杉山:そんなの不可能ですよね。

山口:不可能ですよ。まったく知らない親族に「助けてください」って言われても「は?」ってなるでしょう。実際に社会保障を全部無くすかどうかはわかりませんが、少なくとも無くしたことを責められる筋合いはない、という状況になりかねないのが自民党草案なんです。

杉山:そうなったら子どもがまだまだ死んでいくんでしょうね。

山口:こんな恐ろしいシステムの中で結婚したくないでしょうし。

杉山:親族が増えちゃいますもんね。

山口:私もほとんど会ったことがないような親族もいますが、そこまで助け合わなくてはいけないのか。わけがわからないことになると思いますよ。

「理想の家族像」を掲げる人たちの家族は……?

山口:24条改正は「女の問題」と思われがちですが、全員に関わる問題なんです。

杉山:どういうことですか?

山口:現行の24条は、「婚姻における男女平等」と「個人の尊厳と両性の本質的平等」という二つの大きな柱があります。でも家族が基本単位になって、互いに助け合うことを強制されれば、それだけ個人の尊厳が限定され、家族で背負うものが大きくなります。

杉山:性別役割分業が現状のままであれば、男性は親族の分も自分の収入で支えなければいけないことになるかもしれないし、女性は親族も育児・介護しなくてはならなくなるかもしれない。

山口:そうです。だから女性に限った話ではないんです。まあ、24条を改正すべきだといっている人たちは、「虐待が増えるのも、少子化も、家族が崩壊したからだ。家族が大事にされれば解決される」というロジックなんですが。

杉山:それはおとぎ話ですよね。なぜそれを「おとぎ話だよ」と提示できないんでしょう。家族が行き詰まってもなお、家族を成立させることが義務となったら、構成員の中の最も弱い立場の者が最も被害を被ります。改憲派の百地章さんが監修している『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』(明成社)を読んでいても、「仲の良かった夫の死後、不倫の女性が出てきた。子どもがいるから遺産をくれといってきた。それでは、結婚をしてきた意味がない」などという事例が出てくる。「本当は夫とは仲が良くなかったんじゃないの?」という疑問は飛ばされて話が進む。

山口:「シングルマザーなど片親世帯には支援が多い」とか。わけのわからないことがいろいろ書いてありますよね。日本会議など保守・右派団体がとる手法は、男女共同参画社会、選択的夫婦別姓に反対しているときから現在まで繋がっていると思うんです。例えば、「別姓になると、家族が崩壊する!」と彼らは言います。でも、例えばアメリカには別姓のカップルも多いですが、別姓にしている家族がことさらに崩壊しているようには思えません。冷静に考えれば「エビデンスもないし嘘でしょ」と気づけるのですが、いろいろなところで何度も言われていると、ついそんな気になってしまうと思うんですね。これは男女共同参画社会へのバックラッシュが最盛期だった頃の彼らの手法と同じです。

杉山:山口さんは、男女共同参画社会やフェミニズムに反対していた人たちへの聞き取り調査をまとめた『社会運動の戸惑い』(勁草書房)という本を共著で書かれていますよね。

山口:はい、調査をすすめていた頃はすでにバックラッシュは収束気味だったこともあって、彼らにとっては過去のことになっていました。バックラッシュ当時、とんでもないことばかり話していた彼らが、何を考えていたのかを知りたくて話を聞きにいったんです。

杉山:とんでもないことというのは?

山口:例えば「フェミニズムは人間のカタツムリ化を目指している」とか「男女共同参画社会になったらトイレや更衣室が男女一緒になるんだ」とか。「この人たちはとんでもないことを言うおかしな人たちなんじゃないか」と思っていました。でも、一緒にご飯を食べたりとか、観光案内してもらったりしているうちに、彼らはむしろすごく親切で、地域で信用されるような人たちだということに気づきました。そんな人たちがなぜとんでもないことを言っているのかというと、彼らも私たちフェミニストが苦労しているように、家族やジェンダーの問題については、人びとの関心を寄せるのに苦労していたんです。だからこそ、危機感を煽って、注意をひきつけて、興味を持たせようとしていた。「フェミニズムは過激だとか言っていたけど、振り返ってみるとけっこう安易に言ってましたよね」なんて言ってましたから。今回の憲法改正、特に24条についてもこうした手法と繋がっていると思います。

杉山:プロバガンダ、掛け声に過ぎない、と。

山口:ええ、でもそれを繰り返し言っていることで、そんな気がしてきちゃうし、周りも信じ始めてしまうものなんだと思います。ただ彼らだって「家族はこうあるべき」というべき論を展開しているくせに、自分たちが実践しているかというと、そうではない。

杉山:奥さんが働いていたり?

山口:そうそう、妻が働いてたり、「自分の娘には専業主婦になって欲しいのか」と聞いたら「働いて欲しい」って言ったり。

杉山:矛盾してますよね。彼らは何をしたいんでしょうか。

(構成/カネコアキラ)

※第二回「サザエさん一家から外れた家族を許さない!? 家族規範の強化は、社会的弱者をより追い詰めていく。」に続く。

山口智美
モンタナ州立大学社会学・人類学部教員。ミシガン大学大学院人類学部博士課程修了、Ph.D. 日本の社会運動を研究テーマとし、70年代から現在に至る日本のフェミニズム運動、2000年代の右派運動などを追いかけている。共著に、『社会運動の戸惑いーフェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(斉藤正美・荻上チキとの共著、勁草書房2012)、『海を渡る「慰安婦」問題ー右派の歴史戦を問う』(能川元一・テッサ・モーリスースズキ・小山エミとの共著、岩波書店2016)、共編に『行動する女たちの会資料集成 全8巻』(行動する会復刻版資料編集委員会編、六花出版2015, 2016)など。現在、『田嶋陽子論』(斉藤正美との共著)と、日本の草の根保守運動についての単著を執筆中。「24条変えさせないキャンペーン」呼びかけ人。

杉山春
雑誌編集者を経て、フリーのルポライター。困難家庭で育った青年たちの支援に携わった経験がある。著書には、『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』『家族幻想 引きこもりから問う』(いずれもちくま新書)、『ネグレクト』(小学館、小学館ノンフィクション大賞受賞)、『移民環流』『満州女塾』(いずれも新潮社)がある。

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