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映倫を直撃! 日本で公開される映画が性表現に保守的なのは「検閲」されているからなんですか?

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平山「私たちは外国映画の審査もしますが、性に対する価値観は国によって大きく違います。特にフランスはすごいですよね。その国でどんな年齢区分がされていても、日本では独自の審査基準で区分を決めます。保守的といわれれば、それは否定しません。これは邦画、外国語映画にかぎったことではないですが、映画業界からも『映倫の感覚は、10年遅れている』とよく指摘されるんですよ。何しろ、映倫内に8名いる審査員の平均年齢が高いですからね」

 と笑う平山さん。しかしこれには理由がある。

平山「私たちの審査は、社会通念を大事にしています。デリケートな問題については法律や人権、教育の専門家に問い合わせることもありますが、基本的には、一般の大人、子どもがこれを見たときにどう感じるか。基準はありますが、ひとつひとつの作品を見てその文脈のなかで判断していかなければなりません。だからこそ審査員には、映画業界でのキャリアと人生経験を積んだ“資質”が求められます。また、先ほどお話したとおり区分は最終的に映画会社と審査員の話し合いで決めるので、パワーゲームで押し切られない……要はナメられないように、ってことです(笑)」

 個人的には「もっと若い感覚を」と思わないわけでもないが、特に青少年に与える影響を考えると、その場の「このぐらい、いいじゃん」というノリで決めるものではないということだろう。

チャレンジングな作品も増えている

平山「性表現も暴力シーンも、大人は自己判断で観てくださればいいんです。観る側にも責任はありますから。問題は、年少者にどれだけ刺激、影響を与えるか。映画関係者からは『映倫は検閲的だ』という声も聞かれますが、そこは慎重であってしかるべきです。……でも実際は、映画会社がR18+に区分されるのを避け、最初から自主規制してくるケースがほとんどなんですけどね。というのも、R18+の映画は多くの劇場が上映しないし、広告宣伝もしにくいから。全国公開できず小規模な劇場での上映となると、商業的に厳しい状況といわざるをえません。しかも性愛描写に関していうと、いまはネットに刺激的なものがあふれている時代。映画の範疇での表現に魅力を感じる人は少ないのでしょう」

 性的に過激な表現があっても、それだけでは価値を見出されない時代である。まして、映画ではそこに1800円を払ってもらわなければならない。映画会社が自主規制で保守的になるのは無理からぬことだ……が、「映画には、チャレンジングな表現がない」となるのも、それはそれでつまらない。

平山「性愛ではないですが、長らくPG12までの映画しか作ってこなかった東宝が、最近はけっこう刺激的な台本を申請してくるようになりましたよ。2012年に公開された『悪の教典』がR15+指定だったのにヒットしちゃったから。未成年の学生が大量に殺される内容だと、2000年の『バトル・ロワイアル』もR15+指定でした。あちらは社会問題までなりましたけど、いま観るとまだまだおとなしいもんです」

 表現の自由と、それに対する規制。そのせめぎ合いはおそらく終わることがない。個人の感覚に委ねられることの多い“猥褻”だが、批判を受けながらも映倫がひとつの基準を提示し、判断を下すことで守られていることは実は多い。今後それがどう変化していくか。よりオープンになるのか、または息苦しいものとなるのか……それは社会、引いては私たちひとりひとりの感覚に委ねられている。

参考資料:映倫管理委員会『映倫50年の歩み』(2006年)

 (三浦ゆえ)

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