
先生、よろしくお願いします!
男性性にまつわる研究をされている様々な先生に教えを乞いながら、我々男子の課題や問題点について自己省察を交えて考えていく当連載。2人目の先生としてお招きしたのは、「ハゲ」をめぐる問題を男性性の観点から研究した『ハゲを生きる─外見と男らしさの社会学』(勁草書房)の著者である昭和大学准教授の須長史生さんです。
身体への意識が圧倒的に低い男性が唯一執着を見せる「ハゲ」問題
清田代表(以下、清田) 桃山商事では、女性たちから「妊娠のリミット」に関するお悩みをよく耳にします。彼女たちは「20代半ばくらいになると、身体の中でタイマーが作動したような感覚になり、恋愛や結婚に焦りが生じてくる」と言います。しかし一方で、彼女たちと交際する男性側はその感覚を理解できず、それが原因ですれ違いが起こるというケースを何度も見聞きしました。
須長史生先生(以下、須長) 確かによく起こりそうなことですね。
清田 思うに我々男性というのは、月経をはじめ妊娠・出産の機能がないことや、美容意識を植え付けられない性ということもあって、女性に比べると身体への意識が圧倒的に低いですよね。多くの男性は身体のケアをほとんどしないし、自分はいつまでも若くて健康だと思っている節がある。仮に太っても体力が落ちても「運動すれば元に戻る」という意識だし、自分がいつか死ぬなんて考えもしない……そうした楽観的な男性が多い印象を受けます。しかし、そんな中にあって男性が異様なまでに固執するのが毛髪、つまり「ハゲ」の問題ではないかと思うのです。
須長 男同士の会話にはハゲの話題が本当によく出てくるんですよね。このシャンプーがいいとか、「1本抜いたら2本生えてくるらしい」とか(笑)。不思議な文化現象だと思います。私がこのテーマを研究しようと思ったのも、「なぜこんなにも男はハゲにこだわるのだろうか?」という素朴な疑問からでした。
清田 かく言う自分も、高1のときにクラスの男子から「お前てっぺんヤバくね?」と言われて以来、常につむじ付近の動向が気になるようになりました。頭頂部に時限爆弾が埋め込まれているような感覚があり、作動し始めたら一巻の終わりだ……とビクビクしています。須長先生は著書の中で、そんなハゲ問題を「男性性」や「男らしさ」といったものと絡めて論じられています。こういった視点で研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
須長 端的に言うと、ハゲをめぐる言説が非常にジェンダーバイアスのかかった状況になっていると感じたからです。例えば一般的に「ハゲは女性にモテない」ということが語られ、ハゲは“スティグマ(=負の烙印)”として扱われます。しかし、この社会には「男は外見など気にしてはならない」というジェンダー規範もありますよね。そうすると男性は、ハゲを気に病んでしまう一方で、そうやって外見的コンプレックスを隠そうとすること自体がさらなるスティグマになってしまう。そういう、いわば“手足の縛られている状態”を社会学的に考察してみたいと思ったのがそもそもの動機です。
清田 確かに、薄くなった部分を隠すための髪型は「スダレ」「バーコード」などと呼ばれて揶揄の対象になってしまうし、仲間内の会話やメディアの記事なんかでも、「○○さんはカツラ疑惑」「○○さんは植毛してるらしい」みたいなことがよく話題にのぼったりしますもんね。
須長 隠したり誤魔化したりするのは男らしくない、ということなんでしょう。そもそも、男性の頭髪が薄くなるのは「加齢にともなう身体の変化」を示すありふれたパターンのひとつに過ぎません。本来なら、これに否定的な評価を下すのは“外見差別”以外の何ものでもないわけです。しかし、嘲笑する側はその対象を「ハゲそのもの」ではなく、ハゲを気にする“マインド”や隠そうとする“不自然さ”にスライドさせることで巧妙に正当化しているという側面がある。
清田 なるほど……。そこで登場するのが、「気にするな」「堂々としていればいい」という前向きなアドバイスを装った“ポジハゲ論(=ポジティブ・ハゲ論)”というわけですね。
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