社会

志布志市のPR動画「うなぎ少女」は、行政が取るべき表現か?

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このことは、志布志市のガバナンスの問題でもあります。この動画を作成するにあたって、適切なガバナンスが機能していれば「おかしい」「気持ち悪い」「女性差別に当たるのでは」「児童ポルノなのでは」といった意見が、企画段階で提言され、企画そのものが白紙となったはずです。

その上、炎上後に行われた週プレNEWSの取材に対して、志布志市の担当者は「ネット上には個人で複数アカウントを取得する等して、意図的にページを炎上させるグループが存在するようです。この動画に書き込まれた内容やその頻度を見ると、そうしたグループに炎上させられてしまったのではないかと疑ってしまいます」と返答しています。動画での表現に問題があったのではないかと考察するのではなく、「特定のグループによって意図的に炎上させられた」と認識しているようです。こうした対応を見ると、志布志市の行政機能・能力さえも疑わざるをえません。

このような「行政による女性・少女の性的消費」は上げるときりがありません。今回の動画はあまりにも直接的だったので即座に削除されましたが、その他にも自衛隊の「萌え」キャラや萌えアニメとのコラボレーション、オリンピックでの「女子高生」表現なども「少女の性的消費」の要素が含まれています。

「女子高生」「スクール水着」「美少女」といったものが日本社会において何を意味しているのかを考慮すれば、安易にこうした表現をすることが問題であることが理解できるはずです。ポリティカルコレクトネスという観点から「社会において適切な倫理観」を積極的に体現すべき行政が、こうした表現を用いた動画をPRに使うべきではありません。今回の動画は海外メディアも「日本の性差別・変態広告」として、ほかの類似の広告(ブレンディの乳牛の女子高生擬人化など)も引き合いに出して報道しています。

日本では、女性向け商品でない限り、広告の多くが「男性に訴えかける」構図になっています。これは日本で無意識的に、男性こそが「消費の主体」「日本社会の主体」とみなされていることを示しているでしょう。広告を作る側でも、男性に決定権があることが多く、男性主体で男性を意識して広告を作成しているのです。女性活躍が叫ばれ、広告や広報の世界で活躍する女性も増えていますが、まだまだ「男性主体の場所にお邪魔している」程度で、ジェンダー平等性の観点から「おかしい」という声を十分にあげられていないのではないでしょうか。

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