みなさんこんにちは。この連載では女子教育の重要性と、現在日本の女子教育が直面している課題とその解決策について話をしています。前回・前々回と、日本の大学・大学院における女性の就学率は先進国で最低水準であり、このことが日本におけるジェンダー平等実現の大きな足かせとなっていることを紹介しました。
今回は、そこからもう一歩踏み込んで、大学時代に学んだ内容がどれぐらい所得に影響を与えるのかについて考えていきます。先に結論を述べると、日本の女性は、先進国の中でも最低水準の高等教育就学率であるだけでなく、学習内容も収入に結び付きづらいものに偏っているのが現状です。
大学の卒業学部と賃金の関係について、残念ながら日本にはそれほど信頼に足るデータがないので、ここではアメリカのジョージワシントン大学が実施している調査のデータを紹介したいと思います(なお第二回記事で、教育の収益率について紹介しているのでこちらも参照してください)。
ジョージワシントン大学の調査を見ると、最も所得が高いのは工学部の卒業生の約830万円で、最も所得が低いのは教育学部の卒業生の約450万円となっています。その差は2倍近くあり、これは大卒(約610万円)と高卒(約360万円)の所得差よりも大きなものとなっています。それだけ「どの学部を卒業したか」は所得に強い影響を与えているのです。
一般的に工学や科学分野といった数学を用いる分野の卒業生の所得が高く、人文科学や教育・サービス分野の卒業生の所得が低くなっています。この流れを受けて、現在アメリカではSTEM系教育がとても重視されています(STEM系とは、Science:科学、Technology: 科学技術、Engineering: 工学、Mathematics: 数学の頭文字をとったもので、ホワイトハウスのHPにもWomen in STEMというページがあるぐらい力を注いでいます)。
STEM系の卒業生の給与が高いことは、アメリカ以外の国でもみられる現象です。しかし、残念なことに日本では、卒業生の所得が高いと考えられるSTEM系の学部に進む女性の割合が先進国でも最下位にあります。まずはそのことを確かめましょう。
日本の「リケジョ」は失敗している
図1は、先進国の工学部・建築学部等における女子学生の割合を示しています。先進諸国でも工学部では女子学生の割合が低くなっています。それでも過半数の国では女子学生の割合が20%を超え、トップグループの国では工学部の1/3の学生が女子、という状況になっています。しかし、日本は先進国の中で唯一の10%台前半という状況で、工学部における女子学生の割合が先進国の中で最下位となっています。
図2は、先進国の科学系学部における女子学生の割合を示しています。工学部よりも女子学生の割合は増えるのですが、大半の国でその割合は1/3より少し高い程度にとどまります。しかし、日本での割合は1/4程度と、先進国の中で最下位グループに位置しています。
前回、前々回で見たように、世界的には、大学・大学院での女性の就学率は男性のそれよりも高くなっています。それにもかかわらず、依然として女性の賃金が男性と比べて低い状況にあるのには、卒業生の平均所得が高いSTEM系の学部で女子学生の割合が低いという点を挙げることができます。日本はというと、そもそも高等教育における女性の就学率が先進国で最低な上に、STEM系の学部での女子学生の割合も最低という状況にあるわけです。「リケジョ」の育成に完全に失敗していると言えるでしょう。
日本の女子大生は卒業後に低賃金が予想される学部で多く学んでいる
ただし「そもそも日本では、女性の就学率が先進国最低レベルなのだから、STEM系の学部だけでなく全ての学部で女子の割合が低い」という可能性もあるでしょう。続いて人文科学系・サービス系学部での女子学生の割合をみていきます。
上の図3は、先進国の人文科学系学部における女子学生の割合を示しています。先進国のすべての国で、人文科学系学部の学生の過半数は女子という状況です。その中でも日本は60%台後半、即ちこの学部の学生の2/3は女子という状況で、先進国の中でも高い方に分類されます。
上の図4は、先進国のサービス系学部(家政学や福祉学部など)における女子学生の割合を示しています。先進国の間でも大きなばらつきがありますが、それでも大半の国では女子学生の割合が40-60%の間にあり、ジェンダー均衡点に近い所にあります。しかし、日本ではこの割合が80%にのぼり、サービス系学部の学生の大半は女子という状況になっています。
日本の人文科学やサービス系の学部での女子学生比率は、先進国でもトップクラスに高いことがお分かりいただけたでしょう。全ての学部で女子の割合が低いのではなく、日本の女子大生はSTEM系の学部を避け、これらの学部に進学しているのが現状のようです。
日本の女子は理系科目ができないのか?
ここまでのデータを見て、「(日本の)女子は理系科目が出来ないからSTEM系の学部を避けているのでは」と考える方もいるかもしれませんが、それは誤りです。15歳時点で実施される国際学力調査・PISAの最新の成績を見ると、日本の女子の数学の成績は参加国の女子の間でも韓国に次ぐ第二位ですし、科学についても第三位に位置しています。日本の男女間の成績の差についても、数学で18点、科学で11点と統計的に有意に男子の成績が良いのですが、読解で24点女子が男子を上回っているのと比較すると、決して大きな差があるわけではありません。
さらに、小学校4年生、中学校2年生の段階で実施される国際学力調査・TIMSSの最新の成績でも、日本の女子は数学でも科学でも参加国の中でトップクラスの成績を残し、中学校2年生の科学を除き、日本の男女間で成績に統計的に有意な差は存在しません。つまり、日本の女子は先進国の中でもトップクラスの成績を理系科目で残していますし、日本の男子との比較で見ても大きく劣るわけではありません。
「日本の女子が日本の男子と比べて読解力が高いので、文系学部に進学してそれを活かしている」というのも考えづらい状況です。なぜなら、PISAの読解力における24点という男女差は参加国の中では3番目に小さな値であり、他の先進国の女子の方が国内で男子に対して読解力で優位に立っているにもかかわらず、STEM系の学部へと進学しているからです。
なぜ15歳の時には理系科目が出来ていた日本の女子がSTEM系の学部を避けてしまうのでしょうか? 上記で説明したデータを勘案すると、最も有力な可能性は高校段階における、校内・家庭での進路指導や、高校の中での生徒間の圧力(ピアプレッシャー)の存在です。これらについてはまた別の記事で取り上げたいと思います。
まとめにかえて――科学技術立国という幻想
日本の女性は高等教育以降での就学率が低いうえに、学んでいる内容も将来の高収入に結び付きづらいものに偏っています。この状況では労働参加の様々な側面におけるジェンダー平等を達成することは不可能で、女性の労働参加による経済発展を推進するためにも日本政府・日本社会が一丸となって女子教育を推進していく必要があります。
日本の失われた20年の半分近くを外国から見てきた私ですが、日本は様々な幻想に絡めとられてその推力を失ったと感じることがあります。その一つが教育立国です。日本の公教育支出は先進諸国の中でも少ない方に分類され、特に大学院以降の就学率は先進国でも最低水準で、さらに女子の高等教育就学率も先進国で最低水準となっています。「日本は教育立国である」と言われるとさぞ教育に力を入れているのだろうと思い込んでしまいますが、こうした思い込みが、「日本が先進国の中でも最も教育に力を入れていない、すなわち人的資本投資が最もなされていない国の一つである」という現実から目を背けさせてしまっています。
同様のことは科学技術立国についてもあてはまります。日本の女性たちは先進国の中で最も科学技術から遠ざけられた存在だと言っても過言ではありません。国民の半数がこれだけ科学技術から遠ざけられている事実は、科学技術立国という幻想に覆い隠されてしまっていないでしょうか? 女性たちこそ高等教育でSTEM系を学べるように今対策を打てなければ、教育立国・科学技術立国という言葉は永遠の幻想となり、この幻想が日本の経済発展や労働におけるジェンダー平等の実現を阻害し続けてしまうでしょう。
まとめ
科学・科学技術・工学・数学というSTEM系学部の卒業生は平均所得が高いと考えられる
日本のSTEM系学部の女子学生比率は先進国で最低水準である
日本の女子学生の多くは、卒業後に低賃金が予想される学部で学んでいる
日本でSTEM系の学部に女子大生が少ないのは、女子が理系科目が出来ないからではなく、高校段階での学校・家庭における指導に問題があるからと考えられる