直接対決をしない、ストーカー男の自己完結/枡野浩一×植本一子【4】

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植本 この10年間くらい行動には出さなかったんですか?

枡野 うんとね、10年前くらいに親権を取り返す裁判をやめました。それまでは動いてたんだけど、弁護士さんがなかなか動かないのと、裁判をしてもなにも変わらないんじゃないかと思ったこともあるから……。でもそのとき(親権裁判をあきらめたとき)にいったん自分の中では「ああ、離婚のこともここでひとつ回復に向かうのかなぁ」と思ったんですだけど……そうこうしてるうちに、いま13年目ですからね。

植本 えーーー!

枡野 でもいま息子は(将棋連盟奨励会会員で)将棋をやっていて、名前で調べると様子がちょっとだけわかるんですね。

植本 それでいいんですか!?

枡野 だから顔もわかったし……。顔も似てるんですよ、自分に。ここまで顔が似てたら性格も似てるから……。なんか泣き虫らしいことがわかったんですね。じゃあきっと、お母さんの強さに時々疲れ、お父さんも泣き虫だってことを知ってホッとする瞬間があるって、いまは勝手に思っていますけど。

植本 枡野さん……ストーカーっぽい!

会場 (大爆笑)

枡野 でも僕、結婚前からストーカーっぽいって言われてたから。元奥さんの(ネット上の)掲示板に書き込みしてて「ストーカーっぽい」って言われてたし。初めて出た演劇(五反田団『生きてるものか』)の役もストーカー役だったし。だからストーカーっぽいんですよ、存在が、きっと。

植本 …………なんか、全部、自分の中で完結しちゃうんですね。

枡野 う~ん、もっと直に触れあったり、ぶつかりあったりすればいいのにって感じですか?

植本 私だったら、その状態で13年間っていうのは耐えられないから! 絶対に動きます!

枡野 でも僕が動かなかったわけではないんですよ。探偵に頼んで家を確かめたりはしたんですよ。

植本 でもピンポンは押せなかった?

枡野 そこでは、たどり着いたけど、プレゼントを置いたりするだけで……。

植本 えーーーっ!

枡野 気持ち悪いと言われるんだけど。

植本 気持ち悪いかも!

枡野 クリスマスプレゼントとか置いて。お金とかも置いて。それでその後、引っ越されちゃって渡せなくなっちゃったから、彼女の仕事先の編集プロダクションの人に託したら、勝手にある児童虐待防止団体に寄付されてしまったんです。当時僕はDV夫だというふれこみだったから、それへの皮肉だと思うんですね。本当にそう信じてたのかもしれないけれど。僕の名前で寄付した領収書が送られてきて。寄付って勝手に人の名前でしていいいんだろうか?

植本 でもそれ、元奥さんが指示してやってそうですよね。

枡野 そう言われてしたのかもしれないけど、(それをやった)編プロの人を、一時期殺したいと思っていました。けど殺すと僕のほうが悪者になってしまうから、やめました。

「僕は直接対決する場を作ろうとしなかった」(枡野)

植本 もう(別居中に自宅前で奥さんにストーカー扱いされて)警察を呼ばれたときから会ってないんですか?

枡野 うんとね、そう。警察呼ばれたときが最後かも。パトカーまで来ちゃって。

植本 トラウマなんですか?

枡野 う~ん……。あのいま、よくミスタードーナツに行くのも(あのときの)トラウマを克服したいからなのかもといまふと思いましたね。あのときミスタードーナツをお土産に手に持って行ったから。

植本 じゃあそこからもう元奥さんと対峙することは一切なかった?

枡野 一切なかった。ただ弁護士経由ではくるけど弁護士の言うことは嘘ばっかしだから。裁判って正しさを見つける場ではないんですね。とにかく法律的に戦う場だから。嘘ついてでも勝とうって人がいるわけですよ。それで僕はその嘘にいちいいち違いますよって言ってたら、月日が経っちゃってたって感じだから。だから僕の中では「なんでそんなズルしてるの?」って気持ちはありましたね。離婚のときの条件で、「一度でいいからどういう気持ちだったか手紙で下さい」って約束にしてたんだけど、それも来なかったから、結局わかんないままですよね。

植本 直接お話しすることはもうできなかったんですか?

枡野 できなかったですねえ。

植本 警察呼ばれちゃうし。

枡野 警察呼ばれたとき、やっぱり嫌だったんですね。「幸せだった家族が警察呼ばれちゃうようになったのかよ~」って思っちゃって。だから僕が痛いとすれば、もっと直接対決する場をなんでもっと作ろうとしなかったってことですね。そこですごい遠慮があったんだなと思いますねえ……。

植本 枡野さん、この本(『愛のことはもう仕方ない』)はあと何冊続くんですか?

枡野 うーーん、でも『かなわない』読むとね、恋人とのことはあえてはずしてあるけれどね、なんか自分は(『愛のことはもう仕方ない』に)ぜんぶ書いてるふうで、ここも書いてないしあそこも書いてないしって、自分の闇っていうか、ふれちゃいけないっていうところが、それこそ「なんで会いにいかないの?」ってレベルで(突きつけられている気がして)。確かにそこはそのとおりで、実はそれを言われたのは二度目で、一度目に言われたのは(作家の)長嶋有さん[注]に言われました。「なんで直接対決しなかったの?」って。僕は遠慮のあるストーカーだったと思うんですよね。そこで遠慮のないストーカーだったら乗り込んでいったりとか、それこそ(『かなわない』に書かれた植本さんの恋人のように植本さんの自宅前で)「ECDを出せ!」みたいになるわけでしょ?

植本 そうですね、そうですそうです。

構成担当F あの、いいですか? 僕は、やはり植本さんは「直接対決」をされた人だと思うんです。それは実は『かなわない』での不倫相手の恋人とのことだけではなくて。そうじゃなくて『かなわない』で書かれた「子育て」のことだと思うんです。

植本 はい。

構成担当F 植本さんは子育てのときの気持ちの揺れをものすごくストレートに書かれている。≪家に、娘たちと三人でいるのが本当に苦痛なときがある≫とか書かれていて、読んでて本当にドキッ!としました。これまで子育てのツラさってどうしても貧乏で大変とかシングルマザーで大変とか夫が酷い男で大変とか、そういう背景込みでしか物語にされにくかった。でも本当は子育てって純粋に大変で、子どもに対する思いだってただ「可愛い」ってだけじゃない。それはもう何百年前からそうだったわけですよね。でも「普通に大変だよ」「普通に子どもが嫌いになるときあるよ」っていう目の前の半径1メートルにある本当のことを、実はこれまで誰ひとりはっきり書いてこなかったんじゃないか。母親が子どもを苦手なときもある、嫌いになるときもあるってことを母親自身が正面から告白したことってなかったんじゃないか。それを植本さんは、そういう自分の目の前の現実と直接対決して、あっさり書かれている。だから『かなわない』はすごくショックでした。「あっ!」と思いました。まだ誰もやってないことを植本さんはやられたと思いました。大げさじゃなく『かなわない』、歴史に残りますよ。外国語に翻訳されて世界中の人が読めばいいと思いました。イスラム圏の女性とかにも読まれるべきです。僕の勝手な妄想ですけれど、共感される方、多いと思います。

植本 はい。

二村監督 ぜひ翻訳されるべきだ。

構成担当F それで『かなわない』は、実は僕が枡野さんより先に読んだんですね。それで僕は興奮して、「この本、凄いよ、いままで誰も書いてこなかったことが書いてある」「ぜひ枡野さん読んでよ」「感想言いあおう」って。そうして僕が聞いた枡野さんの感想は「凄い本だけど、子どもを可愛がるところがあまりない」で、そう読むのか、面白いなって……。

枡野 なんか(お子さんを)叱るところの描写が詳しくて……。ちょうど僕が友達で漫画家の古泉智浩さん[注]の育児本『うちの子になりなよ』が好きで読んでて。彼の場合は里子なんですけどね。

植本 読みましたよ。

枡野 彼はすっごく克明に子どものことを描写していて……。この『かなわない』読んだときは、あまり子どもの可愛さを書いてないと思っちゃったの。

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