「子どもがかわいそう」と言う人は、自分がかわいそうと思われたい人たちでしょ?/枡野浩一×植本一子【5】

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左『愛のことはもう仕方ない』/右『かなわない』

左『愛のことはもう仕方ない』/右『かなわない』

植本一子×枡野浩一
~かなわないことって本当に仕方ないのかな対談~

男性/父親からの離婚体験の心の痛みを書きつづけ、小説『愛のことはもう仕方ない』を発売した歌人・枡野浩一さんと、女性/母親として子育ての葛藤や不倫経験を赤裸々に表現したエッセイ『かなわない』が大きな反響を呼んでいる写真家・植本一子さん。こんなふたりが結婚・離婚・不倫・セックスレス、そして新たな夫婦のカタチまで徹底的に語り合います。

この対談もいよいよ最終回です。

植本さんが本を書くことで得られた「なにか」と、枡野さんが本を出してもまだ物足りない「なにか」。そして植本さんは正面から「枡野さんは息子さんに会うべきです!」という。「私、一緒に会いにいきますよ!」と。それを受けて枡野さんは「そう言ってくれる人、いままでいなかったな……」。画期的なる男女の画期的な対談、クライマックスです!

【1】夫以外に好きな人ができた女と、離婚をひきずる男の邂逅/枡野浩一×植本一子
【2】「セックスレスで不倫」「セックスレスで離婚」の分岐点/枡野浩一×植本一子
【3】父子絶縁の苦しみより、夫婦生活に耐えるほうがツラかったかも…幸せへの未練/枡野浩一×植本一子
【4】直接対決をしない、ストーカー男の自己完結/枡野浩一×植本一子

「『私の好きな人』を書くのは勇気がいった」(植本)

構成担当F 植本さんは「『かなわない』は自分自身を書いた」と言われました。それで僕は「植本さんはもしかしたらたぶん世界で初めて、母親が子どもが苦手だったり、嫌いになるときがあったりすることを正面から書いた。これは本当にすごい」と感想を言わせてもらいました。それで、「誰も書いてないことを書けばすごい作品になる、世に出られる」って考えは表現者にはあるじゃないですか。たとえば坂口安吾だって太宰治だって織田作之助だって、そういう「これはまだ誰も書いてない、これを書けばすごい」と思って書いて、世に出たと思うんです。その上で聞きたいのは、植本さんはそうは考えてなかったんじゃないかと。「誰も書いてないから書こう」なんて考えてなかったんじゃないかなと思うんですけど、どうですか?

植本 いやぁ~、意識……してはないと思います、してないです。

構成担当F じゃあ、書いたあと、「すごいのを書いてしまった」みたいな意識は?

植本 う~~ん……。(『かなわない』の元はブログ日記で)ブログはよく書けてたから、これを世のメンヘラたちとか、しんどい人たちに読ませるためには、ちょっとまとめなきゃなと思って、まず自費出版本を出して――。

枡野 あの、(1冊目の『働けECD わたしの育児混沌記』の)編集者と別れてから、これ(『かなわない』)出るまで、だいぶ経ってますよね?

植本 はい、経ってます、経ってます。それでブログはずっと続けてはいたけれど、どこの出版社も出してくれる気配はなく……。でもなんかのタイミングは来るだろうなとは思っていて、それは……

二村監督 直感ですね?

植本 はい。

枡野 それで、タバブックスさんから出すことになった経緯はこれまで話されてます? このフリーペーパー(『かなわない的読本』)を読むと、他社(出版社)の人がショック受けてるじゃない? 私が出したかったのに! みたいに。なんで私じゃなく、この人のこの出版社から出たんですか? みたいな。

植本 そうですね(笑)。

構成担当F それは編集者から作家への最大の褒め言葉ですよ。そしてなぜ他社の編集者さんたちが「私こそこの本を出したかった」と言うのかといえば、それはやっぱり植本さんが誰もかかなかったことを書いたからだと思う。誰もがなんとなくわかっていて、でも誰ひとり書けていなかったこと。それを平然と植本さんは書いた。それでね、しつこいんですけど、植本さんご自身は「自分がすごいことをやった」とはやはり思われないですか?

植本 や、わかんない……。ただ単行本化するにあたって書き下ろしを書いたのは……書下ろし2本とあとがきを書いてるんですけどね。ブログのときにはなかった書下ろしので「私の好きな人」っていうキャラクターを色濃く出したんですけど。それはやっぱり勇気がいったというか、相手がいることなんで。俗にいう不倫ですし。まぁ、なんて言われるかなっていうのは思ったんですけど、でも、どうしても必要な話だというのは自分の中であったので……。もちろん出版社のタバブックスさんとも話はしまして、「これはちょっと……入れないほうがいいんじゃない?」って話にもなったんですよ。でもやっぱ担当編さんとかデザイナーさんとか、みんなで相談するうち、「こういう流れだったら入れられる」「すごくいいまとまりになるね」って言ってもらえて……。これが一番、胆だったのかなって。

二村監督 あの、世の中ではさ、不倫っていうのが絶対悪に、特にテレビの中とかでは、なっていて。だからこそ「なにが悪いんだ」ということを書く人もいるだろうし、いままでも文学としては、ありますよね。そして『かなわない』はFさんがおっしゃるように「母親にとっても子育てはつらいよ」って書いてて、ほんとイスラム圏で出版したらマンション買えるかもしれないですよね、何千万部も売れて(笑)。それ(子育ての不安と不倫)が両方あるから、すごくいい本なんじゃない? 確かにこういう形式で(母親の子育ての根源的な不安と嫌悪を)書いたのはすごいんだけど、いまもう、どっかで裂け目が破れてさ、出てこざるを得なくなることだと思うんですよ。でも最初にやるって勇気のいることで。『かなわない』はブログ日記から始まって、人の死の影がジワジワにじんできて、次第に小説に変貌していくんだけど、子育てつらくてメンヘラ噴出しましたってだけの話だとここまで感動的ではなくて、「子育てつらい」って表明する(母親としての)タブーを犯していながら、ぬけぬけと恋の苦しみも書いていて、それが不倫だっていう……。

会場 (笑)

二村監督 タブーもタブーっていう、なんだろう、天丼とかつ丼を一緒に食べているっていう、すごいどんぶり飯になっていて、もう誰もがあきれちゃってさ、この本のすごさの前に感動するしかないっていうね。

構成担当F 瀬戸内寂聴さん[注]が小説『花芯』[注]で女性のセックスを赤裸々に書いたとき、「子宮作家」というレッテルを貼られて叩かれ、長く文壇から無視されたという文学史上の事件があるんです。そういう意味では『かなわない』ももっと叩かれていいんじゃないかとすら、僕なんかは思ってしまいますね。それくらいすごい本だよっていう意味で。

植本 なんかでも、『かなわない』で救い……唯一救いとなるのは、私が回復してる、復活してるところが入っているから。

構成担当F あと、ECDさんの存在ですよね。

植本 そうです。

「私と同じようにしんどい思いしているお母さんだったりに」(植本)

二村監督 植本さんがね、お子さんに手をあげてしまったり、大きい声を出したり、ちょっと突き飛ばしてみたり、そのこと書くのって勇気が要ったと思うんです。特にわれわれ男は、それにゾッとするし。でも植本さんはメンヘラっぽくないんですよ。

植本 うん。

二村監督 それは「回復」が書いてあるからだと思うんだけど、でも決して「回復のやり方」が書かれているわけでもない……。

植本 ヒントは書いてあるかなと思う。

二村監督 ヒントは書いてあるか。そうか、メンヘラに読んでもらいたいって言ってたもんね。

植本 メンヘラに読んでもらいたいっていうとあれですけど、同じようにしんどい思いしててるお母さんだったり、女の人だったり、男の人でも、特にあの(『かなわない』後半での)漫画家の先生とのやりとりはすごく広めたほうがいいなって思っていたので、本として出せるようになったときはすごく嬉しかったです。

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