今の世を「若き女性詩人」として生きることの生きづらさ/『洗礼ダイアリー』文月悠光さんインタビュー【前編】

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「男性と女性の生きづらさはイコールではない」

――先ほど「何かしらの幻想を相手からぶつけられて、戸惑った体験」があるのは「男女関わらず」とおっしゃっていましたが、インターネット上の反応として、「実は私も」というふうに口を開く方というのは、やはり女性が多かったですか?

文月 そうですね。書き手の私が女性であるということもあってか、cakesの記事に関しては女性の声が多かったかなと思います。でも男性は男性で、おそらく別の圧力にさらされているんですよね。たとえばあの教授が私を学生に紹介するにあたって「詩人という異端者を呼んできました」という言葉を使ったわけですけど、その教授自身もまた、「アウトローでなければならない」という圧力を、自分自身、あるいは社会からかけられているように思いました。だから周りの人間もそっちに引っ張りたい、道連れにしたいという気持ちもあったのかな、と。そういう圧力に対して言及しづらい社会全体の空気があるのかもしれない、とも感じますね。

最近は田中俊之さんのように、「男性学」について書かれる方が増えてきていて、それはよいことだなと思っています。男性が背負っている役割について、女性は想像だけでは及ばない範囲があるので。女性が生きやすい社会になると男性が生きづらくなる、みたいな図式でものを捉える人もいますが、それはどうなんだろう、と。女性が生きやすい社会になれば男性も生きやすくなるのでは? と私は思うので、そういう捉え方には疑問を感じてしまいます。「自分が生きづらいのは女性のせいだ」、「女性が俺たちから権利を奪っているんだ」とか、偏りすぎると、女性を敵視するような思想になってしまうし。

――文月さん自身、女性であるということで生きづらさを感じた経験はありますか。

文月 エッセイから誤解されることもあるのですが、私は別に自分の性別が女性であることに違和感は持っていないし、女性的なふるまいを求められることにも、抵抗は少ないほうかなと思います。女性として生まれてきたことを受け入れている以上、「女性であること」に生きづらさを感じることはあまりないんです。ただ、「女性であること」について外部から何かしらのレッテルを貼られることに対して、息苦しいと感じることはあるんですね。

――初めてそういう生きづらさを感じたのは、いつごろなのでしょう。

文月 やっぱり対異性というか、男性からの視線を意識しはじめた頃に、変な焦りを覚えたんですね。女の子って一般的に、小学校高学年くらいのころから徐々に男の子の目を気にして、そうじゃなくても周囲の影響でおしゃれに目覚めたりすると思うんですけど、私は中学三年ごろまで、そういうことに鈍感に過ごしていて。詩を書くことと、部活の演劇しか興味がなかったんですよね。でも、まったく気を遣わないでいると、だんだんクラスの男子から容姿のことで陰口を言われたりするようになってきて。それまでは、「お化粧をしたい」、「かわいいお洋服を着たい」という気持ちが純粋に「おめかしをしたい」という憧れとしてあったんですけど、それが「かわいくなって、男の人の視界に入らないと、この場所で生きさせてもらえないんだ」という強い焦りになってしまったんです。そこから必死にお化粧を覚えたり、「女の子はこうあるべきだ」という女性的なふるまいを内面化するようになったんですけど、今になってみると、「じゃあ同時期に、男の子たちにはどういう焦りがあったんだろう、どういう生きづらさがあったんだろう」と思うんですよね。その当時は、自分の居場所を得るためにかわいくならなきゃ!ということで私自身もすごく焦っていたんだけど、男の子たちはどうだったんだろうなって。

そういうふうに、お互いの生きづらさみたいなものがまったく共有されないまま成長して、「大学を卒業しましたね、じゃあ今日から同じ会社で一緒に働きましょう!」ってなっても、困るじゃないですか。たとえばコマーシャルなどで、不適切とされる表現があった場合に、「これは女性差別だ」と批判すると、「じゃあここに描かれている対象が女性じゃなくて男性でも、同じように男性差別だと批判するのか」みたいな反論が出ますよね。でも、男女の受け取り方って絶対イコールにならないと思うんです。女性は女性として育てられてきた環境があるし、そこで培われてきた価値観がある。その価値観を通してその表現を見ることで、女性たちは傷つくのであって、違う環境で違う価値観を培ってきた男性とは、受け取り方がもちろん違うはずです。一人一人受け取り方が異なる、という前提がないと、性別に限らずみんなが非常に生きづらい感じがします。

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