
『ルポ 保健室』(朝日新書)著者・秋山千佳さん
小中高校生だったころのことを思い出してほしい。あなたは学校の保健室をどのくらい利用していただろうか? 筆者は健康だけが取り柄のような10代を過ごしたので、残念なことに保健室を利用した回数はとても少ない。残念なことに、と書いたのは、いまになって「あのとき悩んでいたことは保健室の先生に相談していいことだったんだ」「ケガや生理痛だけでなく、心が健康でないときも保健室を利用してよかったんだ」と知ったからである。
それを教えてくれたのが、『ルポ 保健室』(朝日新書)だ。著者の秋山千佳さんは、2010年から各地の学校で保健室の取材をはじめた。秋山さん自身も10代のときは「それほどお世話にならなかった」という保健室に、大人になって初めて深く関わるようになる。そして、その取材体験を「思っていた以上の、衝撃的な世界が待っていた」と言い表す。
たとえば、貧困。これはどこの保健室でもありふれているという。さらには虐待、いじめ、性やセクシャリティの問題、ADHDや愛着障害、マスクで顔を隠すことへの執着……。誰もが悩みながら成長していく思春期だが、保健室を訪れる子たちが抱える困難は特に大きい。しかし、10代の当事者にとっては語りにくく、できれば隠しておきたい問題でもある。そこに“保健室の先生”こと養護教諭はやさしく、ときに厳しく、そして粘り強くアプローチしていく。ゆえに、保健室は子どもたちにとって避難所となりうる。
子どもにとって最も身近な公的機関である学校にそんな場所があることの意義を痛感し、広く発信をはじめた秋山さんにお話をうかがう。
ーー今回は、公立中学校の保健室への取材がまとめられていますが、生徒にとって居心地のいい保健室では、秋山さんもリラックスして養護教諭と生徒とのやり取りを見守っている様子が伝わってきました。
秋山千佳さん(以下、秋山)「そういう保健室では私も気を遣うことなく、子どもたちと養護教諭がお互いをさらけ出している様子を傍観していました。子どもたちが見ているのは養護教諭だけで、私にはまるで注意を払わない。まるで透明人間にでもなった気分でした(笑)」
ーー生徒だけでなく、先生も自分をさらけ出すのですね。
秋山「子どもは、大人が取り繕っているのをすぐに見抜きます。養護教諭も自身をさらけ出さないと子どもの本音を引き出せないのだと、両者の関係を見て感じました。そしてそれは、養護教諭だからこそできることでもあります。担任の教諭が自身の人間性でもってぶつかり合うという、金八先生みたいな例もないわけではないでしょうけれど、担任は成績などをもとに評価や指導をする立場なので、どうしても子どもとのあいだに上下関係が生まれます。養護教諭とのあいだにはそれがありません。さらに、生徒に慕われる養護教諭ほど、生徒たちから見るとちょっといい加減に見えるんです」