給食を食べられない子どもは「自業自得」なのか――『給食費未納』鳫咲子氏インタビュー

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『給食費未納』(光文社新書)著者・鳫咲子さん

『給食費未納』(光文社新書)著者・鳫咲子さん

 2015年、埼玉県北本市の中学校で、「給食費未納が3カ月続いた場合は給食を提供しない」という決定が下されたことが新聞のトップニュースとなりました。また大阪市では、再三の催促に応じず、給食費を支払わない家庭への回収業務を一部、弁護士に委託することが決まりました。「払わない保護者が悪い」「たかだか数千円、本当は払えるのに払っていないだけだ」――ネットではそんな批判も相次ぐ「給食費未納」問題。しかし、その本質は、実はもっと奥深いところにあります。

 長く参議院事務局調査員として立法調査業務を行い、DV法改正などにも携わってきた鳫咲子(がん・さきこ)氏は、この問題を「子どもの社会保障」の問題ととらえます。鳫氏が9月に上梓した新刊『給食費未納 子どもの貧困と食生活格差』(光文社新書)は、膨大なデータとともに、給食費未納問題を巡る事象を解説するものでした。給食費未納問題から、私たちが今直視しなければならない課題とは何か、インタビューで改めてお話いただきました。

「恨むなら親を恨め」という村社会

――この取材にあたって、「給食費未納」でTwitter検索をしたんです。「払わない奴に給食を食べさせてやる必要はない」「恨むなら学校じゃなく払えない親を恨め」といった、いわゆる自己責任論を主張するつぶやきがたくさん出てきました。

 ネットではそういう意見が目につきますよね。そして、こうした場合の「自己」というのは、自分一人ではなくて「家族」がセットなんです。自分が払えないのはもちろん自分のせいだし、家族が助けてくれないのも自分のせい。五人組とか連座制といった、連帯責任の制度が日本には昔からあったわけですけど、現代人もなんとなく「そういう親のもとに生まれたのが悪い」と思いやすいんでしょうね。そうでない方向に思考を持っていくのにはエネルギーがいる。

――鳫先生は大学で行政学の講義を持っておられますよね。学生さんにもこのテーマでお話をされることがあると思うのですが、皆さんどんな反応ですか。

 やっぱり最初は、払えない家の内情を考えるというよりも、「本当は払えるのに払わない人が多いんじゃないか」「頑張りが足りないのではないか」という意見を持っていることが多いです。給食費は月4500円とか5000円ですから、「私だってアルバイトをすれば稼げるし」、という感覚なんでしょうね。「払わない家があるのはよくないから、いっそのこと全員をお弁当にするべきだ」なんて意見も出ます。「給食を無償化すればいい」とは考えないんですね。自分が給食のない地域で子どもを持ったら、きっと「給食にしてほしい!」と思うでしょうけれど(笑)。ただ一方で、払わない家の子どもがいじめられるんじゃないか、という点を心配する子は多いんですよ。「皆と違うといじめられる」ということは、彼女たちにとってやっぱり身近な問題なんですね。

――「村八分」は、日本人にとって一番想像しやすいデメリットなのかもしれません。

 そうだと思います。嫌なことですが、学校や行政側にも、それを利用する面がありますね。本にも書きましたが、給食費の集金の仕方は、地域や学校によってバラバラなんです。先生ではなくPTAが集めているとか、地域によっては自治体が集めているなんてこともあります。

――PTAや自治体が集めている場合、払えなかった時に相当肩身のせまい思いをしますね。誰が払っていないかすぐにわかってしまうでしょうし。

 ええ、もう周りの人に顔を合わせられませんよね。行政は、そういう気持ちを利用しています。文部科学省は、2010年に、「銀行引き落としではなく、児童生徒を通じて現金で徴収する方が保護者の自覚を促せる」という内容の通知も出しています。

――それは、私が未納家庭の子どもだったらかなりストレスがあると思います……。そういうストレスを可視化させることで、ある意味「追い詰めて」でも徴収しようということなのでしょうか。

 「本当は払えるはずだ」という意識があるように感じますね。

文部科学省は2005年度から、「学校給食費の徴収状況に関する調査」と称して、学校側にアンケートをとっています。その中には、未納の原因についての認識を問う質問があるのですが、解答項目には「保護者の経済的な問題」と並んで「保護者としての責任感や規範意識」というものがあるんです。2005年の調査では学校側が、未納の原因の6割を「保護者としての責任感や規範意識」だと認識していることが明らかになりました。それが報道でも大きく取り上げられ、全国新聞が「給食費未納が示すモラル崩壊」「学校給食費『払わない』は親失格だ」など、何よりまず親の無責任を問う社説を一斉に展開しました。ただ、これはあくまで「学校側の認識」の結果であって、実際に「払えない」のか「払わない」のかは別なんです。

――調査によれば、学校側の認識を元にしても、3割以上の未納家庭は、経済的困窮が原因だと推察されるわけですよね。そちらへのフォーカスが目立たなかったのは残念でした。鳫先生は本の中で、実際は経済的要因の方が、給食費未納問題においては影響が大きいだろうと書いていらっしゃいます。

 小学校と中学校で、給食費未納の児童の割合を比較すると、そのことが見えてくるんです。給食費未納は中学校の方が多い。生徒児童の割合で言うと、中学生が全体の1.2%で、小学生が0.8%です。どうして、子供が中学校に上がると給食費未納が増えるのか。文部科学省の「平成26年度子供の学習費調査」によれば、子供が中学生になると、一人あたりの年間学習費がずっと上がります。塾を除いても、小学生は年間10万円だったのが、一気に17万円まで増える(共に公立学校での比較)。給食費の捻出が困難になる家庭も増えているはずなんです。モラルだけの問題であれば、中学でいきなり未納が増えることはないと思います。

――給食費を払わないことを正当化する親のエピソードばかりが取りざたされて「やっぱり払えないのではなく、払わないんだ」と主張する記事をよく見かけますが、「経済的な理由で払えない」という声をあげられない人の方が多いことは容易に想像できます。

 経済的な苦しみを「恥」と思うのは、おそらく国民性のひとつでしょうね。助けてほしいと言ってはいけないと思っている。結果、生活保護を受けられるはずの人が受けられなかったり、思いつめてお子さんと無理心中をはかってしまったり。そうなる前に助けられるポイントがあったはずですが、自己責任の意識が強い人ほど、社会保障より借金を選んでしまうので行政が捕捉できないんです。

そういう意味で、義務教育の学校というのは本来、支援の必要な家庭を捕捉しやすい場所のはずなんです。給食費未納もSOSのシグナルとして、行政福祉につなげるきっかけにできたらいいのですが。

――だからこそ給食を、学校を通じて提供できる子どものための社会保障として見直した方がいいと。鳫先生は、給食無償化が一番合理的で、今日本に必要な対策だと論じられていますね。

 そう思っています。よく誤解されているのですが、給食費によって家庭が負担しているのは「材料費」です。人件費等はすでに税金で賄われています。材料費まで無償にすればもちろんその分税金を割く必要は出てきますが、子どもの医療費無償化などと考え方は変わりません。日本はもともと、教育費における家庭の支出が突出して多い国なんです。その負担を軽減するという意味でも、給食費無償は現実的な考え方だと思います。

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