連載

ツリマユ・たらこ唇・いじめられっ子のヒロインが幅広い女子の共感を呼んだ普遍的作品/『ご近所物語』

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 まず、矢沢あいの描く絵自体が変わった。『天ない』の頃も矢沢あいは少女漫画ではぼかして描かれがちな人物の眉毛や鼻、唇を比較的しっかりと描いていたが、『ご近所』ではより1人1人の特徴的に描かれ、目はあまりキラキラしていない。コマの割り振りはサインペンで引いたような太いラインで、背景には濃い色のトーンやベタ塗りが施され、ページ全体の濃度が高くなっている。薄く細い線や淡いトーン使いといった、いわゆる「少女漫画っぽさ」が消えて、デザイン性の高いイラストのような絵のマンガになったのだ。かなりスタイリッシュな構図のコマが多く、カバーなんかTシャツにプリントしても違和感なさそうだった。構図だけでなく、デザイナーを志す実果子たちのファッションはもちろん、彼らが暮らす部屋のインテリアや小物類など細部まで凝っていて抜かりない。『天ない』も翠たちのファッションやインテリアがおしゃれで憧れたけど、『ご近所』ではさらに磨きがかかってもはやファッション雑誌の域である。

 何より、ヒロインの立ち居振る舞いが当時の「りぼん」では珍しいタイプだった。『天ない』の翠は、いつも友達に囲まれている人気者の女の子。彼女がいるだけで周囲はぱっと明るくなる。クラスのみんなに推薦され生徒会役員の候補者となり、選挙演説で「あたし学校という場所が昔から大好きなんです。(中略)みんながそうであってほしいと思う」と笑顔で熱っぽくアピールする翠は嫌みのない性格で模範的な主人公だ。対して『ご近所』の実果子はヤザガクに入るまで「学校は死ぬほど嫌いだった」。集団行動が苦手で、中学の制服のスカーフを苺色に染めるなど自分流のおしゃれを楽しもうとする実果子は周囲から浮いた存在で、教師受けも悪く、同級生からいじめられることもあった。ツトムの友人・勇介からも「ちびっこくて意地悪そーな顔した女」と見られてしまうなど、不器用で誤解されやすい性格。

 イラッとした時もそうじゃない時もキツイ台詞を吐きがちで、コミュニケーションが不得意な面を持つ実果子は、主人公補正をかけたとしても万人ウケするタイプとは言い難い。ただ、実果子の口の悪さは傷つきやすい内面の裏返しだった。人気少女漫画家の母に代わってもはや当たり前のように家事をこなすなど実果子にはやさしくしっかり者の面もあり、両親の離婚が彼女に影を落としていることはわかりやすく描かれているが、ともかくも「りぼんマンガの主人公らしからぬ性格(容姿も唇やツリマユなど特徴的だった)」であることが、画期的だった。そんな実果子だからこそ、実は登場人物の中で一番、読者に近い等身大の少女で、結果的には大きな共感を呼んだ。

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