生まれついての女(じゃない!):C.L. ムーア「ノー・ウーマン・ボーン」と(未来の)フェミニズム理論【女とSF】

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 小説の肝は、デアドラがこの「パフォーマンス」を余りにも完璧に、「普通の人間」では不可能なくらいにやり過ぎてしまい、それが一種グロテスクなものになってしまったことだ。けれどこのグロテスクさの源は、そもそも彼女が――そして「女」たちみなが、常日頃から「女らしさ」の振る舞いを期待され、強制されていること、そしてそうした振る舞いを「真似する」ことを通じて「女らしさ」の意味が逆算して作られていくというプロセスそのものが、余りにもグロテスクであることを、彼女の過剰なパフォーマンスが暴き出すことにある。この意味で、デアドラの女らしさのパフォーマンスは、ドラァグのそれに極めてよく似ている(ドラァグについては、ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』や『問題なのは身体だ』、特に「パリは燃えている」についての章に詳しい。というかお気づきの方も多いと思うが、ここまでの話の大半はバトラーの「理論」そのままだ)。

 興味深いのは、こうした「パフォーマンスとしてのジェンダー」という考え方は作者ムーアにとって何か高尚な理論から得た知識ではなく(繰り返しになるけれど、「ノー・ウーマン・ボーン」は『ジェンダー・トラブル』(1990)の40年以上前に書かれたのです!)、彼女自身が生きた経験だったっていうことだ。

 大学で英文学を学んでいたムーアは、30年前後の世界恐慌のせいで学問を諦め、秘書として働き始める。タイプライターに馴染みのなかった彼女は自宅でタイピングの練習をしなければならず、それが執筆活動の源になった(だから例えば彼女の代表作「シャンブロウ(Shambleau)」の登場人物名などは、当時の職場や取引先のアナグラムだったりする)。パルプ作家としてデビューした時には、当時SF業界が非常に男性中心的だったこともあり、キャサリン・ルシールという女性名じゃなくC.L.という性別不詳のペンネームを使った。これを男と勘違いしてファンレターを送ってきた同じくSF作家のヘンリー・カットナーと結婚。その後は彼と合作で多くの小説を書いたけれど、彼の方が原稿料が高かったので(恐らくは男だったため)、時々彼の名前でゴースト・ライティングをしたりもした。つまりムーアにとってSF小説を書くことは、生きていくためにジェンダーをパフォームすることと分けられないことだったのだ。

 それと同時に、「ノー・ウーマン・ボーン」が書かれた第二次大戦期は、軍産複合的なプロテーゼ(身体の欠損を補う義眼などの人工物)技術の発展と、戦闘により障害を負った帰還兵の「男らしさ」の危機を背景に、「プロテーゼというテクノロジーによって『より完璧になった』身体」、というイメージは非常に強いジェンダー的な意味を帯びたものだった(この辺の話はローズマリー・ガーランド・トムソンらのフェミニスト障害学の研究に詳しい)。

 要するに、「ジェンダーをパフォームする女サイボーグ」というのは、作者ムーアにとって荒唐無稽な空想なんかではなくて、個人的にも歴史的にも、どこまでもリアルな経験だったのだ。

(ちょい脱線。SF好きの人なら、「女性的感性を持った男性作家」と思われていたジェイムス・ティプトリー・Jrが、実はアリス・シェルドンという女性だった、という有名なスキャンダルを思い出してるかもしれない。じっさい「ノー・ウーマン・ボーン」は、ヒューゴー賞も受賞した、1973年ティプトリー作の短編「接続された女」(『愛はさだめ、さだめは死』(早川書房)に収録)によく似ていて、SF批評では並べて語られることが非常に多い。こちらもいい作品ですよ)

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