お笑い芸人の至福とBL、そして青春小説の絶望/加藤千恵×枡野浩一【3】

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左『愛のことはもう仕方ない』/右『ラジオラジオラジオ!』

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枡野浩一さんはある時期、本格的にお笑い芸人活動をやられていました。芸人時代の枡野さんを観た加藤さんはこう質問します。

「先輩芸人にツッコまれてる枡野さんはとても楽しそうだった。枡野さんは本当はツッコまれたいんじゃないですか?」
「芸人活動の挫折は二度めの離婚だと言われてたけど、それはどうなんですか?」

「絶望だったのね。こんな作り話にみんな喜ぶのかと」(枡野)

加藤 枡野さんはつらいんですね、小説書いてるとき……。

枡野 『僕は運動おんち』の運動おんちエピソードは全部事実だからつらくはないんだけど……

加藤 でも名前とかは全部嘘……

枡野 そう……。僕は(高校時代は水泳部じゃなく)文芸部だったしさぁ。また欺くことを書いてしまったって……。でも唯一譲らなかったのが、そのときはもう離婚してたから、愛を信じられなくなってたのね。

加藤 うんうん。

枡野 あの小説は主人公が女の子に告白するシーンで終わるの。

加藤 うん。

枡野 でも実際に告白したらダメになるかもしんないし、「幸せに過ごしました」っていう現在を描くことも小説ならあるけどさ、それは嘘だと思ったから……。

加藤 う~ん……。

枡野 あの、主人公がずっと遺書を書いてる話なのね、この小説は。

加藤 はい。

枡野 だから、主人公が死んだ可能性があるかもしれないって思って書いてるわけよ。

加藤 うんうんうん。その可能性をいくつも含めて言えば、嘘にはならない?

枡野 だから、少なくとも著者が愛を信じてないこと、そこだけは譲らなかったのね。

加藤 でもそれって、読者にはあまり関係なくないですか?

枡野 そうなんだよっ!

会場 (爆笑)

枡野 僕にとっての基準だから、僕だけにある嘘のラインがあって、そんなの読者にとっては関係ないって言えるんだけど。

加藤 たとえば、書店で偶然に枡野さんの小説を手にとって「あ、面白そうだな」って思って読んでくださった読者の方は、枡野さんのことを知らないだろうし、「この作者は離婚して愛を信じられなくなってるんだな」なんて前提はないわけじゃないですか。

枡野 たださ、でもさ、室井佑月さん【注】の読者だってさ、室井さんの小説やエッセイをね、全部事実だと思って読む(人がいる)んだって。

加藤 へえ~。

枡野 だから「最近、室井さん、元気ないですね」って小説読んで言うんだって。

加藤 ほお~。

枡野 だからそういう読者もいると思うし、そういう読者のことを無視したくないのもあるんだよね。

加藤 うんうん。でもそれでいうと、私も自分の小説は自伝だって思われると思ったんですね、読者の方に。実際に設定は自分と重なってる部分もあるから。でもそれは読者の方に訊かれたら、「違います」って言おうと思っていて。

枡野 うん。

加藤 それで、「違います」って言ったうえで、でも「違いますって言ってるけど、きっと事実なんだろうな」って思ってる人に対しては、もうしょうがないと思っています。

枡野 ふぅ~~~ん……。

加藤 あんまりわかんない話ですか?(笑)

枡野 ううん。

加藤 ……。

枡野 まぁ確かにさ、全部に「これはフィクションです」って言って回れないじゃない?

加藤 そうなんです。全員には無理だから。

枡野 確かに、僕の書いた出来事が事実だろうが嘘だろうが、読者には関係ないんだよねえ。

加藤 本当に、「本のデザインが素敵」って思って手にとってくださる読者の方もいるし……。

枡野 そこはねぇ、僕がまだ子どもなのかも。

加藤 はい。

枡野 読者がこう思うだろっていう世界を提示してあげるのが大人だとしたら、僕はどっかで現実にしがみついていたいみたいな気持ちがあって……。そこは山崎ナオコーラさん【注】に言われたことがある。「この著者は小説というものをとても狭く考えていて、事実にすごく近いことだけを書こうとしていて……」(枡野の記憶による要約です)って。それを否定でもなく肯定でもなく書いてくれたことがあるの。

加藤 うん。

枡野 だから、ナオコーラさんはよくわかってくれている人だと思ったんだけど。

加藤 はい。

枡野 でも僕はわかんないんだよねぇ。『ショートソング』はたまたま企画物だったから思いっきり嘘がつけて、それが売れったってことが、僕にはある意味、絶望だったのね。「こんな作り話にみんな喜ぶのか!」と。

加藤 まぁそうですよね。枡野さんの世界とは乖離してますもんね。

枡野 だから、そういう意味では、それで書くのがだんだん嫌になっちゃったっていうのもあるんだよねぇ……。

加藤 あ! でも実際に一時期書くことから離れて、それこそ芸人活動されたりとかもしてたじゃないですか?

枡野 そうなんだよねぇ。かとちえさんは最初から嫌がってたもんねぇ、僕が芸人活動することを。

加藤 や、意味がわかんなかったんですよ。

枡野 かとちえは芸人好きだもんね。芸人のことを神様のように思ってるもんね。だから、「枡野さんが芸人~!?」みたいな……。

加藤 いやいや(笑)。でもね、なんでかなって思っていて。未だによくわかんないんですけど……。

枡野 でも千野帽子さん【注】もさ、1年くらいたってから、「枡野さんが芸人になったことはショックだった」って。

加藤 へえ……。

枡野 1年間くらい黙ってたんだよ?

加藤 それもすごいですね(笑)。

枡野 ねえ。

加藤 え、でも、1回書くのが嫌になって、また今回この本を書いたのは、執筆依頼があって書くことになったんですか?

枡野 あのね、たぶん、編集部の方の依頼は、こんなふうじゃなかったと思うよ。

加藤 どういう依頼内容だったんですかね?

枡野 もっと元妻とのセックスや男の子とのセックスを書いてほしかったと思うんだけど。

加藤 もっと性的な話にしてほしかったんだろうってことですか?

枡野 そう書こうと思えば書けたんだけど、でもさすがに相手がいるじゃない?

加藤 うん。

枡野 ゲイの男の子たちとかにはメールで訊いたら、意外にOKだったんだけど、女性はみんな僕とは縁が切れちゃってるの。

加藤 うんうん。

枡野 数少ない女性たちが。

加藤 うんうんうん。

枡野 そうすると男の子とのことしか書けなくなっちゃうから。それはどうなんだろうって思って。

加藤 はい。

枡野 それは別枠にしたほうがいいかなって思って……

加藤 うん。

枡野 結局、そうやって書いてるうちにこういう話になっちゃったんだよねえ。

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