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宇多田ヒカルが言及した「東京の子育て環境」と、「子育てしやすい環境づくり」の誤解

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 この発言は考えさせられた。というのも、日本でしばしば「子供に優しく」とか「子育てしやすい環境を」という言葉が使われるとき、それは「子供用/幼い子を持つ親用のエリアを増やすこと」を意味していないだろうか。だがそうやって区域を分けることは、逆に見れば「ここから外には出てくるな」ということになる。子供を連れた人間にふさわしい場所と、ふさわしくない場所とがハッキリ分けられていく。その分断を果たして「子供に優しい」とか「子育てしやすい環境」と呼んでいいのかどうか。

 かつての、つまり昭和の日本を「良いものだった」として振り返るとき、「地域みんなで子供を見守っていた」「今は近所づきあいがない」「核家族化で母子が孤立する」といった方向に話が展開しやすい。それを本当に「良いものだった」と見るのであれば、子供用のエリアを設けるのではなく、たとえば通勤電車のように大人用のエリアとみなされている場所に子供連れがいることを容認し、子供とは泣くし騒ぐしワガママな愛すべき生き物であることを認めるべきではないだろうか。

 宇多田はその後、難民問題に話が及んだ際、村尾の「ヨーロッパでもイギリスがEUを離脱するという移民問題だとか難民問題を契機に、寛容さを社会が失いつつあるのかなと」という言葉に、「もともと人間ってどれだけ寛容だったのか。昔の人は寛容だった、とも思えないですし」と返している。そのうえで、「(インターネット情報やテレビによって)今、昔より海外の情報が入ってくる」が、表面的なニュースでは現地の具体的な実情や経緯がわからず、情報の受け取り手は恐怖や不安を煽られ、差別に拍車がかかると指摘。中途半端な情報に躍らされず自ら勉強して理解をしていくことの重要性に触れつつ、「私は東京にいるよりはロンドンにいるほうが難民問題を身近なものとして捉えられる。見晴らしの利く地点のようなものが世界にぽつぽつあると思うんですね、そういったところに行ってみるとか」と提案して対談を終えた。放送時間こそ短かったが、彼女の慎重で冷静な思考がよくわかる、充実したインタビューだったといえるだろう。

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