2016年11月8日。ドナルド・トランプが第45代アメリカ合衆国大統領となることが決まった。トランプ支持者が驚喜する一方、ヒラリー・クリントン支持者は顔面蒼白となった。翌日は仕事が手に付かず、しかたが無いから映画館をハシゴしてぼんやりと過ごしたなどという人が少なからずいた。その様子は「ゾンビのよう」と言われ、中には職場で泣き出してしまった人までいる。子を持つ人は男女を問わず、「子どもにどう説明すればいいのか」と途方にくれた。
時を同じくして、あらゆるマイノリティへの、あらゆる差別行為が全米各地で一斉に始まり、続々とSNSにアップされ始めた。
イスラム教徒の女性のヒジャブがはぎ取られる事件が何件もあった。車体に「全てのイスラム教徒はテロリスト/全員を強制送還しろ」と大きく書いた小型トラックの写真もアップされた。
ある幼稚園ではメキシコ系の園児が別の園児に「他の幼稚園に行け!」と囃し立てられた。あちこちの小中高校でマイノリティの生徒に人種差別用語を投げ付ける、廊下でトランプのプラカードを掲げて「ホワイトパワー!」と行進する、ヒスパニックの生徒が教室に入れないよう「壁を作る」相談をする、水飲み場に「白人専用」「有色人種専用」の貼り紙をする、といった事態が起こり、途方にくれた教師の書き込みもあった。
“Nワード(黒人への蔑称)”や「アフリカに帰れ!」といった言葉を投げ付けられる黒人もいれば、銃を向けられた黒人女性もいた。ある白人警官は非番の日に車に南軍旗(黒人差別の象徴)を括り付けて走り回っている。
ヒスパニック住人の教会が荒らされ、「ホワイト・オンリー」の落書きがされた。ユダヤ系の住宅や学校にハーケンクロイツが落書きされた件も複数ある。
アジア系も対象だ。レストランでレシートに「中国に帰れ!トランプ」と書き込まれた、生卵を投げ付けられ、「チンク(中国人の蔑称)・タウンに戻れ!」と言われた、などの報告がある。被害者が実際に中国系である確証はなく、東アジア系は一様に”チャイニーズ”と看做されることが多い。
人種差別だけではない。ある手話通訳者が手話で会話していると、いきなり「今、ここはホワイト・アメリカだ。低能なお前はどこかへ行け。トランプが大統領なんだ!」と怒鳴られるケースもあった。手話通訳者は白人であり、これは障害者への差別だ。
女性ももちろん対象だ。ある母親は娘が5人の男性に囲まれ、「プッシー(女性器)をワシ掴みにしてやる!」と囃し立てられたと言う。このセリフはトランプが実際に使っていた言葉で、何者かが選挙戦終盤にリークした音源から判明したものだ。母親は「最悪なのは、これが大統領になる人物の言葉だということ」と綴っている。
あるコンサート会場では、すでに満員だったことから二人の男性の入場を断った女性警備員が、男性たちから「ドナルド・トランプするぞ」と言われている。トランプの女性への性的ハラスメント行為が”動詞”となって使われているのだ。